FC2ブログ
印愛、好愛高い状態でトッズと友情Aエンド迎えて数年後。 
諦める訳でなく、諦めない訳でもなく。

レハト喋ります。





……ああ、そうだった。 
いつもこんな風に大きな手でカップを包む様にして持って身振り手振り交えながら、途切れる事なく話し続けるのとお茶を飲むのを器用にも同時にやってのけるんだった。
普段は腹の内を読ませようとはしないくせに、美味しいものを食べた時はこうして一瞬とはいえ意外と素直に幸せそうな表情をしてみせるんだった。 
単なる出入りの商人風情に何故その必要が、と半ば呆れ半ばいぶかしんでいる侍従を説き伏せて本来は賓客に供する類の菓子をわざわざ用意させておいた甲斐があった。


卓をはさんで向かいに腰掛けたトッズのお喋りを聞いているうちにそんな取りとめも無い事が私の頭に浮かんでくる。 
仕事の報告と次の指示は既に済んで今しているのは他愛の無いただの世間話程度のやりとりだったけれど、政務に追われて城の外に出る機会もほとんどない私にとってはそれも十分貴重な情報源だ。 だから集中しようと思うのに、目の前で何の変わりも無く笑う顔を見ているとつい考えが他へ逸れていってしまう。

無事で良かった。 改めて心の中だけで安堵の溜息をつく。 またこうして会えて、生きていて良かった。
 
この間までトッズに赴いてもらっていたのは王都から大分遠い、ある貴族の領地だった。 新しく王になった私に協力的とはとても言い難かった上に幾つかの不穏な噂もあったその領主が治める地での活動は普段以上に危険が予想された。
その為最低限の連絡以外音沙汰が無いまま行われていた潜入調査はかなりの長期間に及んで、彼がこうして城に戻ってくるのは本当に久しぶりだった。

……ほっとする余りやはりどこか気が緩んでいたのかもしれない。 
会話が途切れた瞬間、その言葉はぽろりと私の口からこぼれ落ちていた。

「そういえば、トッズは結婚しようとか思わないの」

「……」

特に表情を変えこそしないものの、無言のままのトッズが物問いたげにぐいと片眉だけを上げたのを見てようやく自分が普段なら決して言う筈の無い様な事を口走っていたのだと気付く。

「あ、ほら、そろそろ所帯を持っとかないと、色々厳しいんじゃないのって。 絶対ありえないけどひょっとして万が一、トッズが本当に20才だったとしてもさ。 うさんくさい商人のもらい手なんて物好きがもしいたとしてもこの先は更に減ってく訳だし、年取って人知れず悲惨な最期を迎えない内に手を打っとかないと」 

返事をされる前に急いで付け加えたものだから明らかに微妙な早口になっている。 口数もどう考えても多過ぎ、我ながら取り繕った感が丸出しで思わず舌打ちしそうになる。 

まったくもう、何でよりにもよってあんな事を言ってしまったのだろう。 

「いやだなあ。 それじゃまるで俺がレハトに嘘の年言ってるみたいじゃない。 これでも俺は陛下の一番の忠臣のつもりでお仕えしてるのよ? そんなつまらない嘘偽りなんて申したりしませんって」

へらへらと笑いながらいつも通りの態度でトッズが返してくる。

……なんともわかりやすい助け舟だ。 
このまま流れに乗って私も普段の調子で軽口を返していればいい。 それでこの話はおしまい、全部無かった事になってお互い余計な気まずい思いをしなくて済む。
頭ではそうするべきだとわかっているのに、余りにも普段と変わらないトッズの顔を見ている内に無性に腹が立ってきて、それでどうなんだと更に追求してしまう。

「ふうん、レハト様ってば今日はやけに俺の私生活に興味津々なのね。 …まあ王様も下々の暮らしの事をちゃんと考えておりますって示すのも悪くは無いよね。 それを見せる相手と状況を選べば、だけどさ」

カップを手に長椅子にもたれたまま器用にひょいと肩をすくめて一切話す気はございませんと言わんばかりの返事。 
どうでもよさそうな声の調子といい、気のなさそうな表情といい、なんというか流石に堂に入っている。 
まるで出来の悪い弟子に先生がこういう時の振舞い方のお手本を実践してくれている様で今度は少し笑ってしまいそうになった。

勿論トッズがこんな質問に真面目に答える訳が無いし、私もいつもだったら個人的な事を詮索がましく尋ねたりしない。 私達はあくまで雇い主とその密偵、単に利害の一致で結びついているだけで、互いを深く知る必要なんてどこにも無い。 
…第一知った所で何が変わる訳でも無いのに。

そう思った途端不意にお茶が味気なくなった気がしてカップを卓へと押しやる。 かちゃりという音に目をやると丁度同じようにトッズもカップを皿の上に雑な手つきで戻したところだった。 侍従がこの場にいたら多分青ざめているところだ。

「…ちょっと冷めてるね。 新しいの持ってきてもらう?」

「ああ、じゃお願いしようかな。 いややっぱ持つべきは王様の友達だよねえ。 これまであちこち出入りしてきたけどさ、レハトに出してもらうお茶が一番だわ。 俺なんかにはもったいないんじゃないかって思っちゃうくらい」
  
友達。 その言葉にいちいち痛む自分の胸がわずらわしい。

それで思い出した、そういやこないだ飲んだお茶がもう酷かったのなんのって、眉をしかめて始まった話に相槌を打ちながら人を呼んでお替りを頼むと頷きつつも微妙な渋面が返ってくる。 おそらくこの後も仕事はまだまだ残っている、商人一人に時間を割き過ぎだと言いたいのだろう。

「あらら、歓迎されてないっぽいなあ。 まあ来るたんびに忙しい王様を独占しちゃうんだから当たり前かな。 お仕事、大丈夫なの?」

「平気。 結局はそれなりに片付くもんだよ。 たまの息抜きくらいはさせてもらわないと」

侍従が出て行った扉を見てにやにやしていたトッズにそう答えると、こちらへ向き直って同情する様に小さく笑う。 

「そりゃそうだ。 じゃあお友達としては精一杯気分転換に協力しないとね」

その前にさっきの質問に答えて欲しいと言うとトッズはまたそれか、という顔をする。 単に私が口を滑らせただけだと思っていただろうから当然だろう。 そうではなかった事に今になって私自身は気付いていた。
お茶のポットが届き、まだ渋い表情の侍従が下がるのを待って再びその話題を持ち出す。

「そうだ、今の侍従とかどう? 働き者でとっても気が利くし、可愛いし。 トッズさえ良ければぜひ紹介したいんだけど」

「いやいや、ありえないから。 あの人がなにやらかしたか知らないけどさ、反りの合わない侍従を厄介払いするのに出入りの御用商人にくれてやりました、って理由はいくらなんでもマズ過ぎでしょ。 どんな噂が立つもんだか」

「あれ、そう?いいと思ったんだけどなあ」

そう言いながら大袈裟に天を仰いで溜息をついてみせると呆れ顔で首をすくめている。

「まさかね。 勘弁してよ、レハトと俺で今までせっせと築き上げてきた王様の評判が台無しになっちゃう」

鉢に盛られた菓子を掴みとって頬張りながら一つをこちらに投げて寄越し、新しく注がれたお茶を一口飲んでからトッズは続ける。

「第一さあ、レハトは俺の事独り身って決めてかかってるけどわかんないよ? こう見えて家に帰れば可愛い奥さんと子供が待っててさ、この鞄も開けてみたら坊やへのお土産がぎっしりとか」

「ないね」

うわばっさり切られた、わざとらしく騒ぐトッズを見ていると湧き起こる、心がざわつく様な泡立つ様な妙な感覚を紛らわそうと別に食べたくもない菓子を同じく口にする。

……別にこのまま、こうして上手くやっていける。 今まで通り”友達”のままでも。 
それがお互いにとっての一番良い形なら。

「まさかレハトに結婚相手のお世話してもらう日が来るだなんてねえ。 …やっぱり自分が結婚すると他人にも幸せのお裾分けしたくなるもんなの? それともお前も一緒に不幸になれって奴の方?」

相変わらずごく軽い調子で、でも不意に今度はトッズの方から踏み込んできた。
 
普段ならやはり言わないであろうその言葉にどきりとして思わず自分の手元に目をやる。 精緻な細工を施された結婚の贈り物の腕輪。 腕を動かす度にしゃらしゃらと音を立てるのがまるで所有権でも主張されている様で苛立たしい事この上ないけれど、外してる所を見られでもすればそれこそ格好の噂の種になるだけだからつけない訳にもいかない。 
顔を上げるとトッズの視線も私の手首の辺りに向けられている。 
…彼もあの時の事を思い出しているのだろうか。

「後の方に決まってるだろ。 トッズ一人気楽な身分でいようなんて虫が良過ぎ。 養う家族が出来たら少しは落ち着くんじゃないの」

笑って返しながら私の頭にもあの時の事が浮かんでいた。 トッズが長い調査に出かける前に会った時の事を。




口実を設けていくら先伸ばしにしてみた所でいつまでも続けていられる訳もなく。
ずるずると無駄に引き延ばし続けながら私自身もそれは良くわかっていた。 

そうして内々ではとっくに決まっていた結婚とその相手が大々的に発表された後、どこかはしゃいだ様子のトッズは城に現れた。

「ついにレハト様も逃げ切れずに観念したって訳ね。 御成婚祝いだってんで王都もお祭り騒ぎになってるよ。 だったら一番の友達のこの俺がお祝いしないなんておかしいもんね。 そんなわけで準備、しといてくれた?」

あらかじめそう連絡ももらっていたし、こちらからも丁度トッズに依頼があったからどうにか調整をつけて晩に会える様取り計らってあった。 
酒とつまむものを用意した部屋に二人きりになるなりおめでとう、と満面の笑顔で言われて一瞬言葉に詰まりつつ頷いてみせる。

「祝ってくれようって話なのにこっちが準備するのも変じゃない?」

何となく落ち着かない気持ちを誤魔化そうと私も殊更に楽しげな声を出す。 どういう顔をすればいいのかわからない筈なのに、一旦喋り出した後は普通に振舞える自分が不思議だった。

「まあまあ。 レハトには幸せになってもらいたいと影ながらいつも願っている俺な訳よ。 それが証拠に…じゃーん、見て見て、何だかわかる?」

トッズが勿体をつけて取り出したのは私のいた村近くで作られた果実酒だ。 子供の頃城門でもらった時の話をしたのは大分前、しかも一回きりだったのに覚えていてくれたらしい。

結婚相手の評判や人となりについては既にトッズからも何度か聞いていたし、口にしている酒がどこか懐かしい味だったせいもあって、自然と話題はお互いが出会った頃や帰る機会もないままの村の事になる。
 
思い出話に時折トッズが仕入れてきた噂や情報を交えていつも通りに話し続けながら、実際には私達のどちらもいつも通りではなかった。 会話は度々妙な間が空いては途切れ、それを埋めるように上げる笑い声もどこか上滑りしていてぎこちなかった。

本当はどう思ってる? 

ずっと私の頭にはその言葉が浮かんだままだった。 

結婚がおめでたいなんて本当に思ってる?

今まで改めて正面から尋ねてみた事はない。 トッズの曖昧な態度や言葉からは何も読み取れなかったし、私自身考えるのを避けてきた所があった。
それにそんなのは馬鹿馬鹿しい疑問だ。 貴族の結婚なんて政略結婚に過ぎないと誰でも知っているのだから余計に。

別に何が変わる訳じゃない。 ……仮にここで結婚しなかったとしても結局は同じなのだから。 
王と、その密偵。 これからもずっと。

ぐるぐるとしつこく回り続けるそれらを飲み下すみたいに杯を重ねている内に、トッズも今日はやけにペースが速いのに気付く。 

「トッズ、飲み過ぎてない?」

「俺?俺は普通よ。 …レハトこそ真っ赤な顔しちゃって。 明日に響くからその辺にしといた方がいいんじゃない?」

締まりの無い表情で笑いながら更に自分の杯に酒を注ぎ足しているのを止めようとして立ち上がると大分足元がおぼつかなくなっていた。 
部屋に戻ったらきっと小言を言われる、そんなどうでもいい事を思いながら足を投げ出して座るトッズの前まで行くと、ふらつく私を見かねたのか中腰になって手を差し出している。

「ああ、ほら。 危ないから座ってなよ。 人呼んだ方が…」


うるさい。 

私の返事にトッズは目を丸くする。
 
肝心な事は何も言わないくせに。 そうやっていつも、余計な事ばっかり。

両手を肩においてぐっと体重をかけ、元通りに座らせる。 驚いた表情のままのやや赤らんだ顔がすぐ側にあった。 

「え? なに、ちょっとどした」

残りの言葉を塞ぐように屈み込んで唇を押し付ける。 

避けるつもりなら簡単に出来ただろうにトッズはそうしなかった。 
不意に自分が何をしているかに気付いたのと、ちくちくする髭の感触のくすぐったさに思わず後ろに引きかけた私の頭が抱え込まれ再び唇が深く重なり合う。 
しがみつく私に応える様に腰に巻きついてきた腕の力強さにもう何も考えられなくなる。 
このままでいたかった。 他の事なんて全て、どうでも良かった。 


「…こういうのはさ、良くないんじゃないかって俺が言ったらレハトは笑う?」

けれど何度目かに唇が離れた時、一瞬合った目を曖昧にそらすとトッズはぽつりと洩らして。

良くないというのは王の評判にか結婚相手にか、それとも二人の関係にとってか。 
それ以上をトッズは語ろうとしない。
腰に回した手を離しもしないで呟かれたその問いともいえない問い掛けに、私は首に回した手を解きもしないまま只そうだね、と答えた。 
こういうのは良くないと、私もそう思ったから。


それだけだった。
そしてやっぱり別に何も変わりはしなかった。 
彼のいない間に結婚式が行われ、私の姓に余計なものが混ざっただけ。
 
今も同じ様にこうやって座って、二人で何事も無い振りを続けている。




その時トッズが立ち上がり、私は我に返る。 荷物に手を伸ばして、そろそろ帰るつもりらしい。

「…まあ、レハトが俺の老後まで気にしてくれてるのはそりゃ嬉しいんだけどね。 流石に所帯持つって訳にはいかないでしょ、仕事柄さ。 身軽じゃないと勤まんないお役目だしそれに」


だから。 不意に我慢できなくなって遮る。 
だから言っているのに。 

「トッズなんて早く結婚して自由に身動きできない立場になればいい。 密偵なんて辞めて本当に商人になって店でも構えてればもう、危ない事も…」 

近寄ってトッズの腕を掴んだ自分の手ばかりか声までが小さく震えているのに私自身が驚いていた。 
一瞬身を強張らせ、けれど結局動かずにいる彼の服の袖をまくって二の腕を露にする。 
幾つかの古傷が残るそこに細く裂いた布が幾重にも巻きつけられている。 
乾いた血が、まだそれにこびりついていた。


仕草のごく僅かな違和感がずっと気になっていた。 
未だに庇っているという事は浅い怪我ではなかったのだろう。 
この仕事をしている限り、私の元にいる限り、トッズには常に命の危険が付き纏う。 

それなら私の側を離れてしまえば。私に無理なら彼を幸せにしてくれる誰か他の人と一緒になれば。

更に言い募ろうとした時上から手を重ねられ驚いた私は言葉を呑み込む。 するりと滑り込ませる様に指を絡め代わってトッズが口を開く。

「…前にさ、俺の夢はレハトを凄く強い王様にする事だって言ったよね。 今もそれ、変わって無いから。 妙な奴らが足元狙ってこない様、俺が目光らしてるからさ。 レハトは思ったままに進んで行けばいい」

心の内を窺わせない普段通りの声と、表情。 
何と答えたら良いかわからずに私はただ黙って床に目を落とす。 やんわりと握られたままの手だけが温かかった。 
ややあってからその手も離れ、私達は中途半端な距離で向き合って立ち尽くす。 


「…いやあでもそうね、そこまで陛下が俺の事案じてくれるんなら甘えちゃおっかなー。 腰が細くて器量の良い、ついでに 気配りできて情に厚い料理上手で床上手な女なら喜んで前向きに検討しちゃうからさ」

「それって全力で好条件出してるよね。 厚かましいって人から良く言われない?」 

微妙な沈黙は一瞬の間だけだった。 にやにやしながら指折って数えてみせるトッズに私も呆れ顔で首を振りながら言葉を返す。

……これなら結局の所、始めからトッズの話に乗っていたのと大して変わりがない。

その後は当たり障りの無い会話を二、三交わし、何事もなかった様に手まで振って私たちは別れる。 
一人きりになった途端部屋が妙にがらんとして感じられた。


トッズはこの後、どこに帰っていくんだろう。
浮かびかけた考えを急いで追い払うと代わりに力ない溜息が口から洩れる。

そうだ。 今頃トッズもせいぜい溜息でもついていればいい。 
それもできたら私がついたのより少しでも大きい溜息であればいい気味だ。

そんな非建設的な事を願いながら侍従に急かされて立ち上がる。 頭を切り替えなくては。
王としてこなさなくてはならない仕事がまだ幾つも私を待っていた。

スポンサーサイト

コメント 0

新着記事一覧