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印愛と好愛が高い状態でのトッズ友情Aエンド後。

終わってしまった物語の話。








土地の者ではない男が一人、何かを求める様に村の中を歩き回っていた。 馴染みの行商人を除けば普段は訪れる者もそう多くは無いこの村にある日現れた、くたびれた帽子とマントを身にまとういかにも旅慣れた様子のその男は仕入れの旅の途中なのだと自分の事をそう説明した。
 
気さくに誰彼となく話しかける人懐こい態度の一方で、時折笑顔の下で妙に鋭く光る目を見た村人の中には本当に商人なのかといぶかしむ者もいたが、鞄から取り出す商品も語られる遠い地の話も全てが物珍しく面白く、国中を旅しているという男の言葉に嘘は無い様に思われた。

この村には懇意にしていた取引先の関係で立ち寄ったと問われて男は答え、長く滞在する予定ではないと付け加える。 
どうしても行っておきたい場所があると言いながら一瞬瞳の奥に浮かべた表情は男を笑っている様にも泣いている様にも見せ、しかしその奇妙な目の光はすぐに軽薄な笑顔にまぎれて消えてそれ以上心の内を窺わせようとはしなかった。



△▽△▽



中心を離れ辺境の村の更に外れへと足を伸ばしながら、問い掛けに対して答えを拒まれたり邪険にされる事こそ無いものの、村人達の口が一様にどこか重いのに内心トッズは驚いていた。 
畑に出ている男に尋ね、水を汲む女に話しかけ、どうやら自分の質問が彼らを困惑させているらしいと気付く。 
今では広場に不釣合いに立派な記念碑の一つも立ち、こちらが何も言わなくとも皆でこぞって余所者に思い出話を聞かせたがる、ここに来るまではそんな状景を思い描いていたのだが。 

「……」

やがて行く手に目指すものが見えてきて、トッズはふっと息を吐き埃っぽい道の途中で立ち止まる。 
他所から流れてきて親子二人でつつましく暮らしていたというのだから何の不思議もない、それでもやはり他と比べて随分と小さい家だった。 
一目で無人とわかるそれは、側まで近づいてもその割に随分と良い状態に保たれている様に感じられた。 辺りの草は全て抜かれ、流れた歳月にもかかわらず壁は傾ぐ様子もなくまっすぐに立ち、今も定期的に人の手が入っている事を窺わせる。 その一方で周囲には並んで建つ家も無く、まるで遠慮がちに遠巻きにされている様だとトッズは思う。


ここで、お前さんは育ったんだな。
声に出さず、胸で呟く。 

出会った頃の、まだ垢抜けず場に馴染まない子供だった彼を勿論今も良く覚えている。 それでもこのこじんまりとしてありふれた田舎家を、胸の中にある、背筋を伸ばし強い目で相手を見据える凛としたレハトの姿と重ね合わせるのは難しかった。 

それだけ長い時間、トッズは王となったレハトをずっと側で見てきた。
村人が自分達の中から王様が出たと誇る代わりに戸惑うのも、王という響きと村ののどかな風景とが、余りにそぐわないからかもしれなかった。


この場所にレハトは帰りたかっただろうか。
 
今ではもう、全てが遥か遠い昔の出来事だった気もする。 
ある時城門で出会ったレハトに、散歩かそれとも逃げ出す算段でもしているのかと尋ねてみた事があった。 どちらでもないとすぐさま不敵な笑みと共に言葉が返ってきて、その実ひどく遠い目を橋の先へちらりと向けていたのに、本当は気付いていた。


王である事は、レハトにとって幸せだっただろうか。

同じ城門で、同じまだ子供だった彼にそういえば似た様な質問をした。 
もう橋の向こうを見ようとはしなくなったレハトはやけに真面目な顔で話を聞いて、最後にじっと自分を見上げてきた。 憧れと諦めと揺るぎ無い決意が入り混じった奇妙な、しかし強く凛とした目で。 

思い返せばあの時例えに出しただけのつもりで、実際には既にトッズの方が囚われていたのかもしれない。 質問に彼がなんと答えたか、肝心の部分を覚えていないのはきっとそのせいだ。


誰よりも自分こそがレハトの近くにいたのだという自負がトッズにはある。
忠実に彼女の側に仕えた者も、夫として隣に立つ事を許された男も、足元を掬おうと隙を窺い続けた敵も、誰一人としてあれ程多くのレハトの表情を知りはしなかった筈だ。
それなのにこうやって眺めてみても、目の前の平和なだけの景色と自分の中の彼女の姿が、どうしても上手く重ならない。 それがトッズにはただ苛立たしかった。  
 

今も鈍い痛みの様に残るそれらをもし、言葉にして直接聞いていたら彼女はどう答えただろう。 
どちらもあえて口に出して尋ねようともしないまま、年月と共に積み重なっていくだけの互いの想いは、気詰まりである反面どこか心地良くもあった。

思えば随分とささやかなもので満足してきたものだ。 二人の間で交わされたのは去り際の一瞬の目交ぜ、挨拶というには少しばかり強く長い握手、会話の端々に滲ませながら決して語られない言葉。
いつもそれだけだった。 それで十分なのだと考えていた。


「レハトが王様辞める頃にはぼちぼち俺も一線からは引退かなあ。 ちょっと早いけど田舎に隠居とかいいかもね。 そしたらその時はレハトも一緒に来る? 」

勿論いつもの冗談のつもりだった。レハトも普段の様に軽口で返して来るとばかり思っていた。
ただ一度、あの時だけだ。 
いつにない真剣な顔でそうする、と返事が返ってきて。 戸惑いつつもどこかに嬉しい気持ちが確かにあって。


あれが二人で話した最後の機会になった。 
遠く離れた地でいつも通りに仕事をこなしていた自分の元に届いたのは、国王崩御の知らせ。 
急いで王都に取って返した時にはもう全てが終わっていて、立派な棺もそれを飾る美しい花々も人々のすすり泣く声も、何もかもが絵空事の様だった。 
丁度今と同じ、幾らその場に立ち尽くして見続けても何の感情も湧いて来はしなかった。


「…こんな事になるならいっそこの手で殺しておくんだったかな」

ひっそりと静まり返った目の前の家にトッズは苦笑混じりに喋りかける。 吹き抜けていく風が気付けば大分冷たい。 日暮れが近いのだろう。 

ある日突然命を落とすのは自分の方だとばかり思って勝手に安心していた。 その瞬間どんな表情で、何を考えて、自分の事をちらとでも胸に思い浮かべる暇はあったのか、決して明らかにならない疑問を抱いたままレハトだけが一人生きて、それで時折面影の一つも思い出してもらえるならもう上出来だろうと。

「この先もお互い上手くやってけると思ってたのに。 隠居の約束レハトがすっぽかすもんだから予定が狂っちゃったよ。 …これからどうしよっかなあ」

かつて城でレハトに対し良くしていた様に、大袈裟な身振りを交えてぼやいてみる。 心のどこかに呆れ顔とそれとは裏腹の楽しげな笑い声が一瞬浮かび、消える。
決して表には出ない立場とはいえ、長年王の懐刀として仕え続けた人物となれば、欲しがる相手は少なくない。 以前の雇い主を始めとして接触してくる者は後を絶たなかった。

「…お申し出は有り難いんですがね。 王たる方にお仕えした後だとどうも、他の方の下につく気にもなれませんで」
 
本気ではない証に薄く笑みを浮かべ相手の申し出を断りながら、実際にはその言葉が本心に限りなく近い事をトッズは知っている。 
自分のいなくなった後にトッズがある程度までは自由に振舞える様、レハトが取り計らっておいてくれていた事も。


「………」

振り仰ぐと空は既に薄暗く、中央の神は太陽とも月ともつかぬぼんやりした姿で弱々しい光を投げかけてくる。 神の国に招かれた人々だという星はまだ見えなかった。
地上に目を戻し、周囲を見回すと家々に明かりが灯り始めている。 外から帰ってきたのだろう子供の元気な声と、それに答える母親の返事が思いがけず近くに聞こえ、トッズは首を巡らせてそちらをしばらく眺めた後、溜息をついて足元に置いた荷物を拾い上げる。

「あーあ、やっぱり時間のムダだったなあ。 こんなとこまで来て空き家見たってしょうがないのに」 

誰にともなく呟いて、肩をすくめその場に背を向ける。 
そのまま踏み出しかけた足がふと止まり、少し考え込むとトッズはゆっくり振り返って再び小さな家を見上げた。
いつの間にか屋根の更に先の空に幾つかの星が現れ、静かに光っている。 
遠い日に見つめたあの瞳の様だと、安い詩人ならきっとそう言うのだろう。

「──」

主を失い、空ろに立ち尽くす家の前まで戻ると頭を垂れ、ただ一言だけを囁く。 口から洩れ出た音は誰に聞かれる事も無いまま風に散らされ、それが名前なのだと手向けた本人以外には知る由も無い。 
そしてそれで構わないと、伏せていた顔を上げながらそうトッズは思った。   




△▽△▽




やけに長い時間眺めていた前王の生家にもう一度ちらと目をやると、男はそれきり後ろを振り向かずに歩き出す。 そのまま村の出口の方へと歩を進めるのを最後に、二度とこの地で彼の姿を見た者はいなかった。 
不意に現れて去った男が何者で、どこから来てどこへ向かったのか、その後も時折村人達の間で話題に上りはしたものの、結局誰一人としてその答えは見つけられないままだった。  
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