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トッズ愛情ルート、護衛就任後。


トッズは器用だし笛も吹けるからきっと絵だって上手いはず!という、もしかしたらトッズに夢を見過ぎかもしれない話。


せっかくの休日も、市の無い週だと何だか持て余してしまう。 
そういう時に限って部屋を出ても特に知り合いにも会わず、僕はあちこちを無駄に歩きまわったあげくに何となく屋上に向かっていた。 
階段を上って少し重たい扉を押し開けるとここにもやっぱり誰もいなくて、その代わりに日差しがいっぱいで静かで暖かくて気持ちがいい。 
どうせ来たんだし日向ぼっこついでに昼寝でもしていこうと腰を下ろして壁にもたれた僕の手に平たくて丸い、丁度石蹴りに使うのに良さそうな石が触れる。 拾い上げてそのまま放ろうとして、ふとこの前の市でお互いに相手が自分の方にはみ出してきてるんだと言い合っていた店主のおじさん達が足元の石で間を区切り直していたのを思い出した。  試しに床に付けて力を籠め引いてみるとがりがりという音がして同じ様な白い線が現れる。 
きっと城や王都の人達にとっては別に珍しくもないんだろうけれど、建物はもちろん石の床にも今まで馴染みの無かった僕にとっては筆記用具も使わないのに硬い石の上に線が浮き出してくる光景がなんだか不思議でちょっと面白い。 暫く図や文字を書いて遊んでいるうちにもう一つ、思いついた事があった。 
少し前からギッセニ男爵に描いてもらっていた肖像画がようやく完成して、今下の広間に飾られている。

…あの時男爵はどんな風にしていたっけ。 
さすがにこれで真似できるとは思わないけど僕を観察していた様子とか、どの部分から描き始めていたかとか、雰囲気だけでも似せるつもりで手を動かしてみる。 

………。

途中までは意外と上手くいってると思ったのに、どうもおかしい。  完全に歪んでいる。  もう一回新しく描き直してはみたものの、結局線を引けば引くほど目指していたものからどんどん遠ざかっていってる気がする。 
一旦顔を上げて出来を確認してみて思わず溜息が口からこぼれた。 全然ダメだ。 それにいい加減手と屈めていた腰が痛くなってきた。 平たい小石を捨てて立ち上がり、伸びをするついでに辺りを見回す。

穏やかな風が静かに輝く湖面と僕の髪を揺らして吹き抜けていき、頭の上を真っ白な鳥が二羽、塔をかすめる様にして優雅に飛んでいる。 せっかく見晴らしのいい場所にいるのに床ばかり眺めていたのがなんだか馬鹿馬鹿しくなってきて、僕は縁に腰掛けると足をぶらぶらさせながらできるだけ遠くの方へと目を凝らす。

右手にある引っかいた線をいくつも並べたみたいなものは畑だろうか。 植えられているのは何だろう。 あの場所にいる人には今僕がいる城の屋上はどんな風に映っているんだろう。 その奥の緑のかたまりは実際に近くまで行ったらどれくらい大きな森なんだろう。 

ぼんやりそんな事を考えていたものだから、横から不意に手が突き出して素早く前に回ったのにも全然気付いていなかった。 突然後ろに強い力で引かれたかと思うと景色がぐらりと傾いで空が見え、訳もわからないままひやっとした僕の背中を誰かが受け止める。 

「ねえ、さっきからレハトってばそんなに熱心に何見てるの? っていうかだーれだ?」

耳元に囁く聞き慣れた声と思わず身を強張らせていた僕を包む大きな手の確かな感触に、ようやく状況が呑み込めてくる。 ただいつもみたいに突然体を引き寄せられ抱きしめられただけだった。 トッズ、ほっとしながら名前を呼ぶと頬に顔が押し当てられてそのまま頬ずりされる。 

「せいかーい。 レハトだけのトッズさんでした。 いや、今のは流石にちょっと簡単過ぎだったかなー」 

こんな場所で危ないよトッズ、そう言って怒ろうとしたのに上機嫌な声を聞いているうちに僕の方もつられて結局は笑顔になってしまう。 トッズが僕を本当に危ない目に合わせたりしないのはわかっているから尚更だ。 

「ごめんね、お前が全然こっち見てくれないもんだからつい寂しくなっちゃってさ。 びっくりした?」 

首筋の辺りに顔を寄せたままで喋られると髭とかかる息がくすぐったい。 身をよじる僕をトッズはくすくす笑いながらしっかり抱えて離してくれない。 …いつもは突然飛び退ったり青ざめて汗をかきだしたりしてこんなに長い事くっついてこないのに。 

「そう、それなんだけどさ、聞いてよレハト。 昨夜実はひと悶着あってね。 …あ、別に危ない事はなかったから大丈夫。 でもどうも裏がちょっとめんどくさい感じだってんで爺様後始末に大忙しでさ。 念の為に俺は一日レハトに付きっきりでいられるし、あっちこっち走り回って邪魔者はしばらく監視に来られないだろうし。 あー神は虐げられてる者をお見捨てにはならないってね。 たまにはこういういい事でも無いとほんとやってられないよなあ」

護衛の仕事はそんなに辛いのだろうか。 大きな溜息と疲れた声に心配になってトッズの方に向き直り尋ねると、彼は細い目を更に細めて嬉しそうな笑みを浮かべる。

「あ、もしかして心配してくれてる? ごめんごめん、そういうんじゃなくて。 あの状況で命拾えただけで儲けもんなのに、こうやって可愛いレハトの為に働けるんだから何にも文句なんて無いって。 …ただその割りにちょっと一緒にいられる時間が短すぎやしませんかってとこが納得いかないだけでさ」

だからこういう機会は逃がしたくないよねえ。 そう続けながら真横に腰掛けてきたトッズの腕が僕の肩に回り、そのままぎゅっと胸元に抱えこまれる。 苦しいと抗議したら手の力は弱くなった代わりに髪がくしゃくしゃになるまで頭を撫でられた。

……確かに僕ももっとトッズといられたらいいのにっていつも思っていたけど。 突然こんなに密着されると落ち着かないし恥ずかしくてしょうがない。

「そうだ、レハト見たよ、あの広間の絵。 実物ほどじゃ無いにしても良く描けてるよね。 何かちょっと艶っぽくてさ。 貴族共があれ見て色々言うかと思うと面白くない気もするけど、凄く評判いいみたいよ。 まあでも本人と比べちゃうと勝負にならないけどな。 あー本物のレハトはやっぱりすっごく可愛いなあ」

どうにか冷静になろうとしているのに、更にそんな事を言って彼は僕の顎に手を添えて上向かせると額が触れ合いそうなくらいに近くまで覗き込んでくる。 
さっきから心臓がうるさいくらい高鳴って苦しい。 少しかさついた長い指に顔をなぞられて頬だけじゃなくてもう何だか全体が熱くなってきている。 
そのまま黙り込んで真顔になった彼にそれ以上見つめられるのに耐え切れなくなった僕は思わず彼の肩に手を置いて距離を開けると、単なるその場の思い付きだったけれど頭に浮かんだ問いかけを大急ぎで口にしていた。 一瞬物凄く残念そうにしたトッズは身を起こすとできるよと頷き、あっさりした答えに少し驚いている僕を見て苦笑いの様な表情を浮かべる。 

「もう、自分で聞いといて何その顔。 絵なら描けるよ。 貴族様が道楽で描くのみたいなのは無理だけど。 …ああ、そっか。 ずっと何をがりがりしてるのかと思ったらあそこで絵の練習してたんだ」

良かった、何とか話を逸らせそう、思った途端彼の目がさっき床に描き散らした下手な絵の一つに止まっているのに気付いて僕ははっとする。 全然似ていないとはいえ、伸ばした髪を後ろで束ねて鼻の下にヒゲまで描いてあったら誰の絵なのか一目瞭然だ。 最悪だ。 完全に手遅れだけど体で遮ろうとしてばたばたする僕を羽交い絞めにしてトッズは腹が立つ位にやにやしている。

「いやー照れるなあ。 こりゃまいっちゃうなあ。 会えなくて思わず俺の絵描いちゃうくらいレハトも寂しかったんだねえ。 俺ってば愛されてるんだなあ。 そっかそっか、うんうん。 …。 あー、わかった、ちょっと待って、ごめんって。 俺が絵描けるかどうかだよね? 今描くから、ね? だから機嫌直して」   

この上更に何か言われたら恥ずかしすぎてどうにかなりそうだ。 もう帰る、口走りながら立ち上がった僕を慌てた様子で引きとめるトッズは口元がどう見てもまだにやついたままで、でもそれ以上からかってこようとはせず代わりに懐を探っている。

「えー…っとあれは確かここに…っと、あったあった。 じゃーん。 木炭!」

何でそんな物を持ち歩いているんだろう。 そう思っている間にも再びトッズはあちこち手を突っ込んで更に紙の束を引っ張り出している。 そこから取った一枚の皺を丁寧に伸ばして裏返してから床に置くと、自分は反対側に回って胡坐をかいて座る。

「じゃあ正面向いてにっこりして。 え?そりゃもちろんレハトがモデルやってくれないと。 木だの水だの描いても別に面白くもなんともないし、第一俺人の顔専門なんだよね。 ほらほら、いいから笑って」

まだ頬の火照りもおさまってないけれど、自分で言い出した事だから仕方ない。 ポーズをとった僕を眉を寄せ真剣な表情をして暫く観察していたトッズは一つ息をつくと迷いなく描き始める。 
すいすいとまるで踊る様に紙の上を滑る彼の手の動きに、気付けばすっかり見とれていた。 線を引いて、こすって、ぼかして、それを何度も繰り返していくうちに次第に微笑む僕の顔が形を取ってそこに現れてくる。  

「如何でしょうか、寵愛者様。 幾らかなりと御心に叶いましたなら光栄の至りに存じます…なんて。 どうかな。 やっぱり実際のレハト程可愛くならないのは残念だけどなー」  

やがて完成した絵をトッズは汚れない様慎重に持って跪くと、冗談交じりに恭しく差し出してきた。
受け取って思わず胸が一杯になる。 僕には専門的な事は全然わからないけれど凄く上手で、何よりトッズに僕の絵を描いてもらえた事が嬉しい。
でも絵の中で笑っている人は僕というにはちょっときれい過ぎな気がして少し照れくさい。

「そう? 気に入ってもらえたんなら嬉しいな。 それじゃもっと褒めて」 

足元に座ってこちらに向けてくる頭を言われた通りに撫でると、トッズは満足そうに笑ってそのまま膝にもたれかかってきた。 これじゃもうレハトに触れないか、そう呟いて真っ黒になった手をしきりに手巾で拭っている。 
それにしても、こんなに上手く描けるんだったら絵描きになろうとは思わなかったのだろうか。

「はは、流石にこれで身を立てようと思った事は無いなあ。 そもそも誰かの人相伝える時なんかに便利って理由で覚えただけだったし。 でもおかげでこうしてレハトに喜んでもらえるんだから何でもやっとくもんだね。 …そういやお前さん、前は時間あると良く絵を見てたよな。 興味あるんだ?」 

最近はそうでもないけれどそういえば来たばかりでここの暮らしに慣れていなかった頃はしょっちゅう絵の前にいた気がする。 
一面が真っ白の“雪”や、湖よりも更に広いという“海”、これだけは馴染みのある壁や分裂戦役、神の奇跡の数々まで。 
それまで目にした事がある絵といえば神殿の神官様が時折見せてくれる聖書のぼやけた挿絵がせいぜいだった僕にとって、あちこちの部屋に掛けられている大きくて美しい色使いでまるで本物そのものの様に描かれた絵の存在は本当に驚きで、眺めているうちにその場に実際にいる気がしてきて思わず周りを見回してしまうくらいだった。

けど今はどんな見事な絵よりトッズが話してくれる話の方がずっと鮮やかで楽しいと知っているし、皆が褒めてくれる立派な肖像画よりトッズが描いてくれたこの絵の方が嬉しい。 

「うわ、レハトったらいきなり嬉しい事言ってくれちゃって。 って…あー、これじゃなあ。 洗いに行ってもいいけどその間に絶対じじいに捕まりそうな気がするんだよなー。 もう今その予感しかしないもんなー」 

くしゃっと表情を崩して笑ったトッズはこちらに手を伸ばしかけ、まだ落ちきらない炭の粉で黒いままのそれを見て一人ぼやいている。

「…そうだ、せっかくの機会だしもう一枚かこっか。 今なら気分いいからもっと良い出来になる気がするんだよね。 どんなのが良い?」 

それだったら僕だけじゃなくてトッズも一緒にいる所。 僕の答えに一瞬目を見開いた彼は口元に笑みを浮かべると再び紙に向かう。 

「自画像かあ。 自画像ねえ…まあいっか。 どうせなら二人の結婚式の様子とか…あれ、そう? 残念」


穏やかな日差しが僕にもトッズにも、彼の手の下で寄り添って立つ僕達二人の絵の上にも惜しみなく降り注ぐ。 ずっとこうしてられたらいいのに、僕の言葉にトッズは顔を上げないままでそうね、と答え、その声の響きと空の青さは何故か胸にじわりと悲しみの様な気持ちを呼び起こす。
どこまでも良く晴れて、静かな休日の午後だった。
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