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距離を縮める」の続きというかおまけみたいなもの。 同じ話をローニカ視点で。 

・31日誤字その他加筆修正しました。



「サニャさん、レハト様はどちらへ?」

部屋に足を踏み入れた時から中に主の気配が無いのはわかっていたが侍従としての立場上あえてそう尋ねる。 
はたきと共にくるくると忙しく動き回っていたサニャは問われて手を止めると、にっこり笑ってローニカが入ってきたばかりの扉の方を指し示した。

「あ、ローニカさん。 レハト様は先程お出かけになられましたです。 せっかくのお天気ですしその間にお掃除もしてしまおうと思いまして」

…やはり今日はお部屋にいて下さる様にと言っておけば良かっただろうか。 

そうですねと微笑みと共に相槌を打ちながら、そんな思いがちらりと胸をかすめる。 昨夜の侵入者の件で後処理に思いの他時間をとられてしまった。 つまり今に至るまでずっとレハトを見守れなかったという事だ。 

とはいえそれは別に今回に限った話でもなく、ましてやまだ日中、あちこちに人の目もある。 本来ならそんな理由でレハトを煩わせようなどと一瞬たりとも考えはしなかっただろう。 裏で何が起きようと彼は知らなくて良い。 
しかし現在は以前とは性質の異なる厄介の種がある。 そう考えた途端に脳裏に浮かんだにやけた顔に思わず眉間に皺が寄ったのをローニカは感じた。 自分の監視の目の届かぬ機会をあの男が利用しない筈が無い。
あまり勝手な真似はするなと一応釘を刺してはおきはしたが、そんな言葉一つで大人しくしているようならそもそも警告の必要自体がないというものだ。

「あの、ローニカさん?」

突然渋い表情をした自分を訝しく思ったのだろう、サニャが首を傾げている。

「ああ、いいえ、なんでもありませんよ。 それより私は少しレハト様にお伝えしたい事がありますのでここはお願いしますね」

その言葉にわかりましたと大きく頷いたサニャは下ろしていたはたきを手に再び掃除にとりかかる。
去り際に彼女が嬉しそうに言った一言にローニカの足が一瞬止まり、胸に湧き起こったさざなみに似た感情は暫くの間静まろうとはしなかった。


休日という事もあってかどことなくざわついている城内を一通り歩いてみたものの、中庭や図書室など心当たりの場所に主の小さな姿は見当たらない。 今日が市の日ならレハトの居場所は探すまでもなく一つだろうが、もう少し回って見なくてはならないようだ。   
ローニカとてあの男が未分化の子供相手に取り返しのつかない事をする程までに弁えが無いとは流石に思っていないが、そうでなくても奴の振舞いは目に余る。 早く見つけないと今頃何を言い出してレハトを困らせているかわかったものではない。

レハト様、このところ見違えるように元気になられましたですね。

「……」

先程のサニャの言葉に自然と思い浮かんでくるのは彼付きの侍従である自分達にすらどこか遠慮がちなままの少し前までの彼の姿。 慣れない暮らしに不平を洩らすでもなく村に帰りたいと訴えるでもなく、畑仕事をしてきた身でそんな筈は無いのに青白くさえ見える頬で物分りの良い笑みを作っていつもできるだけ目立たない様に振舞っていた。 

母を亡くして間もない上に突然見知らぬ場所に無理に連れてこられ、それなのに必ずしも皆に歓迎されている訳ではないと当の本人が一番肌で感じていたのだろう。

それが最近ではすっかり表情も豊かになって目に見えて明るくなってきた。 元々はこんな年相応の顔をして屈託なく笑う子供だったのかと少し驚かされる時もある。 それに様々な人達とも積極的に話すようにもなり、レハト自身が意識しているかどうかはともかく彼の評判は徐々に良いものになりつつある。 

そうした変化を只役割としてここにいるだけだった筈の自分は確かに心から嬉しく思っている、けれど。

彼に良い影響をもたらしたのが誰か、それを考えた途端ローニカの喜びは苛立ちに似た何かと混ざり合った苦いものへと変わってしまう。 
一体よりにもよって何故あの男なのだろうか。 己の分をわきまえぬ浮ついた態度はおよそ寵愛者が側に置くのに相応しいとは言い難い。 

とはいえローニカからすれば只失礼なだけの振舞いも気安過ぎる口のきき方も、辺境の村で育ったレハトにはむしろ親しみやすく感じられるのかも知れない。 決して褒められたものではないとはいえ彼が心安らかに過ごす助けになるのならあの態度も悪いとばかりは言えない面も確かにあるだろう。 

……奴が越える事が許されない一線を越えようなどど、大それた望みを抱いたりさえしなければ。

自分の眉間に刻まれた皺がぐっと深くなったのが自分でわかる。 先刻王にひときわ皺深くなったのではないかと散々からかわれてきたばかりだというのに。

レハトに投げかけていた視線をさりげなく外すその一瞬、普段は慎重に覆い隠されているそれが時折トッズの目の中に狂おしく浮かび上がる。 そしてトッズに微笑みかけるレハトの表情にもまた、良く似たものが宿っているのが見て取れる。 

叶う筈も無い望みにしがみついた挙句に辿る道は往々にして誰にとっても幸せとは言えない結果になるという事をローニカは良く知っている。 だからあれがレハトの傍らに居るのをどうしてもただ見守る気にはなれない。 
いつかレハトが傷つくだけでは済まず、何か思いもかけない大きな災いの芽とならないとも限らないのだ。


王の決定とはいえ、あの時レハトの願いが聞き入れられたのはやはり良い選択ではなかったのではないかという気がしてきている。 今からでも遅くない、あの男を遠ざけるのが全員にとっての最良の方法ではないだろうか。 
レハトがそれを望んでいない以上王も決断を覆しはしないと知りつつ、ついそんな風に考えてしまう。

……いっそ“なかった”事にしてしまえれば全て問題は片付くのだが。 

屋上へと向かいながらローニカの胸に一番手っ取り早い解決策が浮かんでは消え、また浮かぶ。 
いくら城の中とはいえ時として事故は起こるものだ。 自分達の様な立場にある者なら特に。 
勿論レハトは悲しむだろうが年が明け分化が終われば、すぐに子供時代とは比べ物にならない大人としての忙しい生活が始まる。 余計な事を考えている暇もない筈だ。 築かれつつある評判があれば十分な地位が保証されるだろうし、彼に相応しい相手が現れる頃にはきっと影の住人に寄せた想いなど一時の気の迷い、ただの古傷となっているだろう。 

決して実現不可能な案では無いだけに、検討すればするほど魅力的に思えてくる。 籠もりの際にレハトが受けかねない悪影響の心配さえなければ早速実行していたかもしれない。



薄暗い階段を登り扉を開けた先に、果たして二人の姿はあった。 想像した通りのにやけた顔であの男がレハトに何やらしきりに話しかけているが、離れているのと風向きのせいでここまで声は届いてこない。 
そしてそこだけはローニカの想像とは違い、奴は不埒な行いに及んでいる訳ではなかった。

床に座ったトッズの前にある紙を少し離れて屋上の縁に腰掛けたレハトが微笑みながら見つめている。 何故か真っ黒になった手でせっせと書きつけているのはどうやら文字ではない。 絵、だろうか。 時折描くのを止めると二人してそれを覗き込んでは笑い、顔を見合わせては更に笑っている。

目の奥で一瞬ちかりと瞬くものがあった。 肩を揺すって愉快そうに笑い声を上げる年若くも威厳に満ちた女と、その傍らで困り顔を作りつつも口元に浮かんだ笑みを隠し切れないでいるそれより幾らか年かさの男。 
今日のように良く晴れたまぶしい陽の光の下で二人、何がおかしくてあの時あんなにも笑い合っていたのだったろうか。

幻と言うにも朧なその光景はわずかに息を呑んだだけであっけなく消えてしまう。 それにそもそもが目の前の情景と重ね合わせる様な記憶ではない。 レハトはあの方ではなく、トッズと自分を重ねるなどおぞましいの一言に尽きる。 

何よりも自分は過ぎた望みを抱いた事など決して無いのだから。

「………」

何もかもが今限りの淡い夢、ただ年明けまでの事だ。 まもなく二人ともが、厳しい現実に向き合わざるを得なくなる。 
無慈悲で容赦の無い、互いの身分と身をおく世界の違いという個人の力では如何ともし難い現実に。


背を向けそっと立ち去りかけたローニカの耳にその時、風向きが変わって今まで聞こえてこなかった軽薄な声が届く。

「…を奪う魔物だった、って周りは散々噂したんだけどね。 でもその最期の日々に男は誰よりも幸せそうで描いた作品はそりゃもう素晴らしくって、例え女の正体が何だったとしても男にとっては間違いなく霊感を授けてくれる神の使いだったって訳。 え? それとこれと何の関係があるかって? …だからさ、レハトも俺にしてくれればもう絶対御利益間違いなし、更に数倍良い絵が描けちゃうと思うんだよね。 いやいや、口にとは言いません、まずは頬から…あーでもやっぱそっちの方が効果ありそうだってレハトも思う? だよね! じゃあそんな訳でさっそく…いやいや大丈夫、しっかりばっちり目つぶっとくから」


お主も苦労が耐えないな、そう言って笑う王の人の悪い表情が目に見えるようだ。 溜息をつきつつゆっくりと向き直ったローニカの目にどこまでも青く澄んだ空と尚も調子良く喋り続ける奴の姿が映る。

……ここからこのまま放り出してしまえれば全てすっきり片付くものを。

先程よりも今はその案が更に魅力的に思えてならない。 
レハトがこの場に居合わせさえしなかったら、ただそれだけが惜しまれる。


陽の光がまるで慰めるかのように一歩踏み出した自分の肩に頭に惜しみなく降り注ぐ。
ローニカの心の内を除けばどこまでも良く晴れて、静かな休日の午後だった。
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