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トッズ愛情ルート中。

年末にちなんで、というかそんな感じの話。



すぐ戻ってきますからと言い置いて部屋を出て行った先生の足音が完全に聞こえなくなってから念のために十数えて、それから扉を細く開けて外の様子を窺ってみた。
…静かだ。 思い切って頭を突き出して辺りを見回してみる。 今なら誰もいない。 いけそうだ。

後ろ手にできるだけそっと戸を閉め急いでその場を後にする。 前にヴァイルに教わった通り、なるべく人目につかないよう隅の方を進みつつ、でもあまりびくびくはせずに堂々と。 わかっているのに気持ちが焦ってついつい、小走りになってしまう。 脱走した後ろめたさも相まって苦しいくらい胸がドキドキしている。 
それでもどうにか廊下の端までは見咎められる事もなく無事に辿り着けた。 問題はここから、左右に伸びる通路のどちらからも人の声と気配がしていてすぐに見つかってしまいそうな気がする。
その時だった。

「……レハト様、どちらへ?」

突然ぐいと肩を掴まれ思わず飛び上がりそうになる。 いつの間にか誰かが音もなく後ろに立っていた。
ごほんと重々しい咳払いを一つしたその誰かはすくんでしまった僕を押さえたまま更に言葉を続ける。

「まだ授業の時間は終わりではない筈ですが。 忘れ物でしたら私かサニャにでも……っくく」

…? 
堅苦しい喋り方で最初わからなかったけれど、途中で吹き出したこの声はどう聞いても良く知ってる人のものだ。
振り返ると、やっぱりそこにいたのはトッズだった。 まだ喉の奥でくつくつ笑いながら肩に置いていた手で僕の頭をなだめるように撫でてくる。

「ごめんごめん、あんまりレハトがびくついてるもんだから、つい。 まさか部屋を逃げ出すなんて思ってなかったからさ、慌てちゃったよ」 

ローニカや先生じゃなくてほっとしたものの、こんなところで捕まってしまうなんて。 授業に戻れと言われる前に見逃してもらえないか頼もうと口を開きかけると、今度は背中を両手で押してきた。

「ほらほら、いつまでもこんなとこにいると今度こそ頭固い誰かさんに捕まっちゃうよ? レハトはどこ行くつもりだったの?」

中庭に、そう答えた僕に頷くと手招きするなり先に立って歩き出したので、慌てて後を追う。


「んー。 こっち行くと近道なんだけどなあ。 やっぱり迂回しとこっか」 

角を幾つか曲がり、僕達が暮らす塔に近い場所に用意された部屋から城の中心近くまで来る。 途中何度か人とすれ違いはしたものの、トッズがあらかじめ僕が陰になる様前に立ってくれたりして特に注意を引く事もなく進んでこられた。
こうして隣にいてくれると思うだけで落ち着いてうろたえずにいられるから、きっとそれも良かったのだろう。

そのトッズは階段に掛けた足を途中で引っ込めて一人呟いている。 ここを幾つか下りれば中庭はすぐそこなのに、言いかけた時ばたばたと慌しい音がして両手一杯に荷物を抱えた衣装係の人が階段を駆け上がってくるとそのまま脇目もふらず走り去っていった。 足音が消えるか消えないかのうちに更にもう一人現れて、今度は下り階段へと突進していく。 
思わずトッズの方を見るとね? という表情で肩をすくめている。

「下に衣裳部屋あるでしょ。 年明け間近であの通り衣装係さんみんな殺気立っちゃってるから。 部屋の前なんか歩いたら俺は大丈夫だけどレハトは確実に捕まっちゃうよ? あそこに引きずり込まれたら多分一日出て来れないんじゃないかなあ」

それは困る。 こうしてせっかく逃げてきた意味がなくなってしまう。

「だよね。 だからやっぱりこっちはやめとこう。 流石に譲位があるせいだろねー。 裏の方はもう本当凄いよ。 用も無いのに近づいたらさ、食い殺されるんじゃないかってくらい」
 
王になるのはヴァイルだし、僕の周りには限られた人しかいないせいか新年が近づいてきても普段通りの静かでのんびりした時間が流れているけれど、どうも城内の他の場所は年明けの準備で既に大忙しみたいだった。 行き交う人の多くも言われてみれば確かに微妙に険しい顔をしている気がする。 


結局何度か回り道をして僕達はようやく中庭に辿り着く。 ここまで来ると流石に静かだった。
小道に足を踏み入れると背の高い木々と緑の匂いのする風が迎えてくれる。 ほっとして思わず溜息をついた僕を真似てトッズも笑いながら大袈裟に息を吐き出してみせる。

「ふー。なんとか脱出成功だね。 じゃあまあ、成功を記念して祝宴と行きますか」

石づくりの椅子に僕を座らせるとそう言いながら懐をごそごそ探っている。 取り出して渡された蝋引き紙の包みを開いてみると中身は焼き菓子だった。 しかもまだほんのり温かくて、焼きたての甘い香りが鼻をくすぐってくる。
…いつも思うけどトッズの服の中って一体どうなってるんだろう。

「わあレハトってば。 俺の事服の中まで知りたいだなんて昼間っから大胆なんだから。…なーんて。 それはねー、内・緒。 秘密のある男ってなんか気になるでしょ。 できる大人のちょっとしたテクニックな訳ですよ。 レハトも大人になったら使ってみるといいよ」

またはぐらかされてしまった。 むくれてお菓子を齧る僕の頭をぽんぽんと叩いてトッズはにやにやしている。
子供扱いしないで欲しいっていつも言ってるのに。 
……でもそれももうすぐ終わりだ。 
明日は黒の月の最後の日。 その次は白の月の一日目、新しい年が来て僕は子供ではなくなる。


…筈なんだけど。 まだどうも実感が湧かない。 篭りが終わってからだとわかってはいるけどトッズと並ぶとがっかりするくらい背も違うし。 本当にちゃんと大人になれるんだろうか。
何となく心配になったのが表情に出ていたのか、トッズは僕の顔を覗き込んで首を傾げると黙って膝に置いていた手をぎゅっと握ってくれた。 
大きくて温かな手のひらの中だけに納まってしまう僕の手はやっぱり小さくて、でももう不安は感じない。 


トッズは未分化だった最後の日の事、覚えてる?

手を繋いだまま尋ねてみると目を丸くして動きを止めた後、うーんと唸って空を見上げながら考え込んでいる。

「あー、どうだろなあ。 覚えてないって言うか…多分いつも通りだったんじゃないかなあ。 俺はまあ、性別に特にこだわりとかもなかったし、大していい環境にいた訳でもなかったから。 だから普段と同じに過ごして、年明けも普通に迎えて…。 ……当時はそれなりにおっきな出来事ではあった筈なのにね。 過ぎてみればきれいに忘れてるもんだねー」 

やっぱりそうなのか。 村にいた頃周りの大人も大体同じ様に言っていたっけ。
僕もあのままあそこで暮らしていたら、きっとそうだったんだろう。 
選ぶのは男と決めていたし、成人したからといって特別暮らしが変わる訳でもない。 それまで通りに畑仕事を続けて…

「!!……待って、ちょっと待って。 レハトってさ、もしかしてまさかの男希望だったりする、とか?」

一瞬固まったかと思うと恐る恐る、という雰囲気で尋ねてくるトッズに僕は首を振ってみせる。 それはあくまでここに来る前の話だ。 水を汲むにも畑を耕すにも男の人の方が有利だし、母さんに楽をさせてあげたいと思っていたから。

「ああ、そうだよね! いやあ良かった、うん。 俺もね、レハトは女に向いてるんじゃないかなって思うしね。 男とかねーほんと、むさいし顔にヒゲとか生えてきちゃうしさ、別に何にもいい事ないよ?」 

途端に表情を崩して嬉しそうにしながら何やら一人で盛り上がっている。


そう、城に来なければ今日という日をこんなに貴重に感じたりはしなかったんだろう。 
大人になってから僕がどういう立場に置かれるのかはまだまるで見えてこないし、それまでは全然考えた事もなかったけれどトッズに出会って女を選択しようと決めた。

年明け後の自分の姿が全然想像できなくて、今の自分でいられるのはあとわずかだと気付いて、そう思いながら窓の外からまぶしい光に照らされて輝いてる外を見ていたらとてもじゃないけど我慢できなくなってしまったのだ。 

「あー、それで追われてるみたいに部屋飛び出してきたって訳ね。 うん、でもそうだろうな。 明日はなんだかんだする事あるだろうし。 子供時代の普通の一日を普通に過ごすのは今日でおしまいだろね」

トッズの言葉に僕は木々が風に揺れる度に形を変えて踊る地面に落ちた木漏れ日を見つめて、遠くの方でしきりに何かをついばんでいる小鳥を見つめて、最後にずっとつないだままのトッズの大きな手を見つめる。

……。

大人になるのが楽しみじゃない訳ではないし、ずっと子供でいたいとかそういう事ではないのだけど。

それでも、もう少しこのままでいられたらなって思う。
僕の言葉にトッズが小さく笑う。

「…ああ。 俺もね、ちょうどそう思ってたところ。 レハトの大人の姿はとっても見てみたいんだけどね」

一瞬だけそれ以上会話が続かなくなって、僕達は何となくお互いから目を逸らしてあらぬ方を眺めたりする。
その後はローニカが探しに来てトッズが逃げ出すまで、いつもの通り話を聞かせてもらったりして、いつも通りに過ごした。




「……よし」

ゆっくりと身を起こすトッズの指が食い込んでいた背中が少し痛んで、でも今はそれも気にならない。
死んでもらう、と言われた時は流石にびっくりしたけれど作戦を説明してもらえば確かにそれ以外の道は無い様に思えた。 
場所を移動して腰を落ち着け、後はひたすら手順と道順を繰り返し繰り返し暗唱して頭に叩き込む。 
全てがここに懸かっているのだから、通い慣れた道の様に一気に走り抜けなくてはならない。

「…一旦休憩しよっか。 あんまり根詰めてもいい事ないしね」

一応は全部覚えられたと思えた頃、少し疲れた顔をしているトッズが僕の頭をいつもの様に優しく叩いて、笑う。

その仕草に昨日の事を思い出していた。 あの時トッズは今のこの瞬間を思っていたのだろうか。 あの後も一人、今日の日の為に手配をしていたのだろうか。
準備をしてるなんて何一つ話してもくれないで、もしかしたら僕が行かないって答えるかもしれないのに、それなのに、それでも。
…胸が一杯になって僕は黙ったまま手を伸ばす。 握り返してくる力は昨日よりずっと強くて確かだった。

同じ様に手をつないで一緒に座って、同じ様な中庭の景色を見ているのに、たった一日経っただけの今の僕の目には全てがまるで違って映る。 

……自分のあるべき姿を自分で選んだ。 僕はもう、子供ではない。
あれほど名残惜しく感じていた筈なのに、子供でいられる最後の日にそう思っても何も寂しさはなかった。
むしろそんな事を考えている時間が惜しい。 僕はトッズに頷いて、再び道順の確認に戻る。

明日、全てが決まる日を越えて二人で歩む道を掴み取る為に。 
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