FC2ブログ
トッズ愛情ルート中。 「息抜きのお誘い」の方を経由。
「御用達の商人」が起きたすぐ後、悩めるレハトさんの特に何てこともない休日。










「レハト様、今日は外へは行かれないんでございますか? 」

主日の礼拝が終わって部屋に戻ってきた僕が、いつもとは違い椅子に掛けたままでいつまでもぐずぐずしているせいだろう、少し怪訝そうな表情のサニャがそんな風に尋ねてくる。

……なんとなく痛いところを突かれたような気分になって、一瞬言葉に詰まってしまった。 別にそういう訳じゃないけど、とか慌てて呟いた声が我ながらどうにも言い訳っぽい。 上手く取り繕おうとして余計に焦っている僕を見て、サニャはますます不思議そうにしている。


ああ、でも、そういえば。 
ひとまずお茶でも頼んでその場をしのごうか、そんな事を考えかけた所でふと、気が付いた。
もしかして僕がここにいるとサニャの仕事の邪魔だったりするだろうか。

尋ねてみた途端、今度は彼女の方が目に見えてうろたえて、顔の前に上げた両手を振りながら何故か一歩後退る。

「え、いえ、まさか、そんな! 邪魔だなんて、そんな訳ないです! そうじゃなくってですね、ただレハト様なんだかちょっと元気がないかなあって思っただけで、それで……」

ぶんぶんと音がしそうなくらい手と一緒に首も振って否定するサニャを見ているうちに、僕は気持ちのどこかが緩やかにほぐれていくのを感じていた。 自分でも知らないうちに少し思いつめていたのかな、と遅まきながらに理解する。
 
ローニカは何か用があるとかでついさっき出掛けたばかりだ。 今、部屋には彼女と僕の二人きり。 来客の予定も、侍従の目を盗んで逃げてきたヴァイルが駆け込んでくる気配もない。
つまり。

……ひょっとしたらこれは、良い機会という事なのかもしれない。 
サニャに思い切って打ち明けてしまおうか。

その考えは不意に、それでいて余りにも自然に心の中に湧き上がっていた。 まるで前からずっとそうしようと決めていたみたいに。 城にある他の何よりも故郷の村を──懐かしい日々を思い出させてくれる暖かな色の瞳を見つめていると、そうすべきだと思う気持ちはますます強くなる。 そうだ。 少し恥ずかしいけれどそうしよう。 言ってしまおう。


ちょっと話がしたいのだけど、とさっそく寝室に通じる扉の前に駆け寄りつつ──誰もいないのだからここでも別に良いのだろうけど、広すぎる気がしてどうも落ち着かない──手招いて呼ぶと、一層戸惑ったらしいサニャは、窺うように僕の顔と奥の部屋を交互に見比べて二の足を踏んでいる。

「お話…ですか。 それは、もちろん、でも、あの……ひゃっ! 」

あんまりのんびりしてもいられない。 いつローニカが戻ってくるかわからないし、何よりぐずぐずしていると固めた筈の決意が揺らいでしまいそうだ。
少し強引だとは思いつつも、ためらうサニャの手を掴んで寝室に引っ張り込む。  その拍子にもつれた彼女の足取りに合わせお仕着せのスカートがひらりと舞って、そういえばサニャは分化の済んだ大人で女性なんだな、と改めて認識した途端胸の中に波が立つ。

分化。 成人。 
……年明けはそう先ではないのに、今の僕には前よりもずっと、遠くて理解しがたいもののように感じられる。
その原因もまあ、何となくわかってはいたけれど、あえて考えないようにして心の奥にしまいこむ。 ひとまずそれは後回しだ。
と、その時繋いだままだった手を遠慮がちに引かれて我に返った。 見ればサニャが気遣わしげな顔をして僕を覗き込んでいる。

「レハト様…レハト、どうかした? なんかいつもと違うよ?  大丈夫? 」

指摘されて途端に恥ずかしさがこみ上げてきた。 頬に熱が集まってくるのが自分でもわかって、ますます決まりが悪い。
確かにいきなりこんな事をしたら、そう言われて当然だと思う。 でもこのままただ気持ちを抱え込んで思い悩んでいたら、何か一人で勝手に行き詰ってしまいそうなのだ。 


その、どうしても聞いて欲しい事があって。

そっと吐き出した息がわずかに震えるのを意識しながら、僕は隣に腰掛けてもらったサニャを見つめ、そう、切り出した。





△▽△▽





がさり、とすぐ横の茂みが不意に音を立てた。 僕は背中を預けていた大きな木の幹からほとんど飛び上がらんばかりになって、慌ててそちらへ向き直る。

…………。

にゃあ、と小さな鳴き声。 視界の隅を走り抜けていく影。
予想していたものと違った事にほっとしながら元の通りに木に寄りかかろうとして──自分がほっとしているのだとそこでようやく気付いた僕は、思わず深々と溜息を洩らしていた。

ああ、本当に。
どうしようか、これ。
いや、別にどうしようも何もないんだけど。


そのままぼんやり見上げた空は良く晴れていて気持ちがいい。 時折の風も辺りの草花も地面も僕もみんな一緒にほどよく暖められて、村に戻ってきたような気がする、なんて一瞬考えてしまいそうになる。
いつだって取り澄ましていてよそよそしい城の空気も、中庭のこんな奥の方まで来てしまえばただ眠たげでのどかなだけだ。

……こうしているとまるでなんにも起こらなかったみたいだ。


実際、ある意味ではそれは正しい。 表向きには何も起きなかった事になっている。
今日がそうであるように、先週の主日もいつも通りの一日だった。
僕は城の外になんて行かなかった。 徴を狙う不届き者なんていなかった。
もちろん、それを手引きする人間なんてものも。

………。

たちまち心に言いようのないもやもやとした感情が立ち込める。 けれどそれは僕の中からすぐに吹き払われて、そうしてくれたのは、そう、さっき見たばかりのサニャの表情だ。
思い返すと自然に頬が緩んでくる。 サニャがいてくれて本当に良かった。 気が滅入ってばかりのここでの暮らしの中で、今まで何度彼女に救われてきただろう。


「サニャはいつだってレハトの味方だからね! 頑張って! 」

僕の手をぎゅっと握り締め、笑顔でそう力強く励ましてくれた途端、ずっとあれこれ思い悩んでいたのが嘘みたいに気持ちが楽になった。 詳しい事情は何にも話せなかったのに少しも気にせず親身に聞いてくれて、本当にサニャは僕の一番の親友で兄さんだ。


……何となく、ちょっとだけ。
多分自分でも気付かないうちに、不安になってしまっていたから。

目を閉じれば今でもすぐにあの時の情景が浮かんでくる。 まるでその場にまだ立ちすくんでいるみたいに。 自分のした事の意味を改めて突きつけられているみたいに。
最低限の手当てだけをされて引き据えられたトッズの痛々しい姿。 それを見下ろす陛下とローニカの厳しい表情、張り詰めた空気。 良く知っているとばかり思っていた人達の口から語られる、僕の子供じみた考えを粉々に打ち砕くような、徴を巡る、思惑。
それに──それに、このままじゃトッズは、そう悟った瞬間の、目の前が真っ暗になって全身の力が抜けていくような激しい恐怖。

王を目指すつもりは初めからないし、ヴァイルの邪魔をせず余り目立たないようにしてさえいれば、誰かの迷惑にもならずに静かに暮らせるんじゃないか、なんて、余りにも甘かった。 僕が放り込まれたのは、そんなのんきな気持ちで生きていけるような世界じゃなかった。 

僕の存在自体が争いの種になる。 周りの人たちまでをも巻き込んで。
トッズは自分の責任だと言っていたけれど、そうじゃない。 全ては僕が、僕の自覚のなさが、引き起こした事態だ。

そんな風にぐるぐると考えているうちに、だんだんどうしたらいいのかわからなくなってきてしまって。
何も知らなかった頃と同じに振舞うのは間違っているような気がして。
……トッズが本当に大切なら、僕はむしろその気持ちを抑えるべきなのかもしれないと、そう、思えて。


けれどサニャは好きな人がいる、と打ち明けた僕の話を普通に聞いてくれた。 相手が貴族じゃないのはなんとなくわかっただろうけど、寵愛者が、とか身分が、とかそういうのは全部抜きで、顔を赤くして、目をきらきらさせて、ふわあ、と最後に溜息をついて。 村の友達に話したらきっとそうだったように、ごく普通に。

たったそれだけの事が、不思議なくらいに僕を安心させてくれた。 
立場や身なりが変わっても、かつてそうであった僕は今もサニャの視線の先にちゃんといる。 それ自体は別に悪くなんてない、全てを否定してしまわなくてもいいんだと、そう思わせてくれた。


………。


大分気持ちは晴れたはずなのに、もう一つ、心の中をいっぱいに占めているものがあるせいで、僕の口からはやっぱりひとりでに溜息が漏れだしてくる。 といっても、こっちは悩んでいるというのとも少し違うのだけれども。

玉座の間ではとにかく必死で深く考える余裕なんてなかったし、その後廊下で会った時もすぐにローニカが来て話はそれきりになったから、そんなに意識しないで済んでいた。 でもこうして一旦落ち着いてしまえば、どうしたってその事にばっかり考えがいく。


メーレ侯爵の屋敷から逃げ出した時。
それまで知っていた話し方と違ってすごく早口で少し荒っぽい口調だったし、僕自身も全然状況についていけてなくて、聞き取るのがやっとだったけど。
でもきっと、多分、なかば呻くようなトッズのあの言葉は、聞き間違いなんかじゃなかった。

つまり。
これって、つまりは。 
僕の片思いなんじゃなくて。
……両思い、恋人同士って事になるんだろうか。

「………」

考えただけで動揺してしまって、僕は両手で顔を覆って妙な声が洩れそうになるのをどうにかこらえる。
ああ、心臓の音がうるさくてしょうがない。


陽の光は今日も変わらずに暖かい。
あんな天と地のひっくり返るような経験をしても僕は相変わらずただの未分化の子供で、トッズと全然釣り合ってない。
叶うなんてとても思えなくて、告白だってできずに、話せるだけでいいんだって思い込もうとしてたのに。

……これからどんな顔をしてトッズと会えばいいんだろう。 


「レハト、そんなに溜息ばっかりついてると幸せが逃げるよ? 」

今日が市の日だったら良かったかも。
そうしたらきっといつもと何にも変わらないって顔をして、前と同じように話しに行けたのに。

「おーい? レハトー? 」 

護衛といっても影からで、衛士みたいにずっと側にいてくれる訳ではないとわかった時はがっかりしたのだけど、正直そうじゃなくて良かったかもしれない。 心の準備が全然できてない。 

「レハトさーん、トッズさん、そろそろ本気で寂しいんですけどー」

故郷の村には少し気になる子がいて、それで僕は余計に城に来るのが辛かった。 せめてお別れくらい言いたかったとか、同い年の子だったから性別はどっちを選ぶんだろうとか、あの子の事ばっかり考えていた時期だって確かにあった筈なのに、気付いたらもうあの子がどんな風に笑っていたかさえ、上手く思い出せなくなっている。 
代わりに胸に浮かんでくるのは、抱え上げられた腕の力強さだったり、くしゃっと笑み崩れた時の意外に子供っぽく見える表情だったり、それから、ああ、こんなに真剣な顔もするんだって初めて知ったあの一瞬、真っ直ぐに僕に向けられた目がまるで……。 
………。


目の前の地面、さっきまでは何もなかった所に影が落ちていた。 そして一緒に視界に飛び込んできたブーツに確かに見覚えがあると気付いて反射的に顔を上げた僕は、そのままの姿勢で固まる事になる。 心の中でぼんやり思い浮かべていた少しくすんだ金色の瞳、それがすぐ間近から本当に僕を覗き込んでいた。

「あー。 本気で気が付いてなかった? 割と前からここにいたんだけどなあ」

声を掛けられて思わず大きくのけぞった僕が後ろにひっくり返らないよう、腕を掴んで支えてくれながらトッズは苦笑いしている。

「あんまり華麗に無視されるもんだから、なんかご不興でも買ったかなってひやひやしちゃった。 いやー違ったみたいで良かった良かった」

驚いたのと恥ずかしいのとで返事もできずにいる僕の前にしゃがみこむ彼は、上機嫌でそう喋り続ける。
それを見上げて何か話さないと、普段通りにしないと、と焦りつつ考えていた僕はふと、その表情に違和感を覚えた。 
にこにこしてはいるものの、なんとなくこちらに向けられている目の奥が探るような、窺うような……何だろう、とにかくいつもとは少し違う気がする。
気になってつい、まじまじと見てしまった僕を、彼も同じように見返してくる。 けれどそうして見つめ合ったのは一瞬の事、すぐにトッズは小さく首を傾げて視線をはずすと、一つ、息をついた。

「んー…これは違う、かな。 そっか、違うのね。うん、ならいいや。 ……ううん、いいのいいの、こっちの話だから。 それよりレハトは今日はひなたぼっこ? せっかくこんなとこで会えたんだし、ちょうど俺も今ヒマだし、だったらご一緒しちゃおっかな」

言うなり彼は隣に腰を下ろして足を組むと、もう普段と何にも変わりない顔で笑っている。
……それはいいのだけど近い。 すごく近い。 ひなたぼっこするのにこんなにぴったりくっつく必要は別にないと思うし、ましてや僕の肩に手を回してくる必要なんて全然ないと、思う、のに。
それに前はもっと、市の狭い天幕の下にいた時だってここまでは……考えかけて、そこではたと気がついた。
そうだ。 そうだった。

たちまち体が緊張に強張ってきてぎくしゃくしだした僕にトッズはくすりと笑ったようで、それはちょっと悔しかったのだけれども。
 

「……レハト? 今、何て? 」

そのトッズが何か言いかけたのを途中で止め、代わりに少し戸惑った声で尋ねてくる。 
とはいえ戸惑っていたのは僕の方も同じだった。 ただ恥ずかしさを誤魔化すだけのつもりで開いた口からひとりでに零れていたのは自分でも思いもかけない言葉で、だというのにその言葉をもう一度胸の中で繰り返してみた途端、じわりとこみ上げてきた感情は確かに、痛いくらいに覚えがあるものだった。


──どこにも、いかないでね。


……僕を守るためにトッズがケガをした事とか。 もう死んでしまった母さんさえも利用しようとする人が、ここには存在するのだと知った事とか。 
あの日、想像だにしなかった様な恐ろしい出来事は幾つも起きて、でも何よりも一番怖かったのは、トッズが余りにも簡単に背を向けて僕から去ってしまおうとする事だった。 
メーレ侯爵の追っ手から逃げる最中も。 玉座の間で短く言葉を交わした後も。 
離れてしまえば最後になると目の前の状況に振り回されっぱなしの僕ですら感じたものが、彼にわからない筈がないのに。

冷たい手に心臓を掴まれでもしたみたいな、重苦しくて息詰まるあの時の感覚を思い出して今更ながらに泣きたいような気持ちになる。
向けられた背中にかけられる言葉を、僕は持っていなかった。
僕達を隔てる距離があんなにも遠くて深いのも、まるで理解できていなかった。
今だってきっと、それは何も変わってはいなくって……。


と、出し抜けに肩に置かれた手に力が籠もり、気づけば僕はトッズの胸元に引き寄せられていた。 うろたえて反射的にもがいた僕の体に回った両腕がぎゅっと強く、抱きすくめてくる。 

「レハト」

そうしながら僕を呼んだ声はひどく優しくて、耳元で響くそれに只でさえ速い鼓動が更に跳ね上がる。 思わず首をすくめるとさっきと同じく彼は小さく笑って、なのにさっきみたいに悔しいなんて気には何故だか少しもならなかった。
  
「……レハトはさ、俺にそれを望んでくれる? 」


続けて耳に囁かれたその言葉を、否定しなくてはいけないのかもしれないと、思った。
だってトッズの見ているものは、望みは、きっとあの距離の向こうにあって。 僕の望みは彼を縛ってしまうばっかりで、だからもう、更にこれ以上なんて、本当は。 
頭の中を考えがぐるぐると巡る。 それでも結局は自分の気持ちを抑える事がどうしてもできなくて、僕はトッズの胸に額を押し当てたまま黙って頷いていた。 
腕に籠もる力がまた少し、強くなる。

「なら、それが俺の答えだから」

ひときわ優しい声は、どこか溜息に似ていた。
……それを聞いてわからない、と思ってしまうのは、言うべき言葉をやっぱり見つけられないのは、僕がどうしようもなく子供だからなんだろう。
またしても落ち込みかけた僕の熱いままの頬が指先で軽く撫でられる。 慌てて顔を上げると金色の瞳に真っ直ぐに見つめられていて、一瞬、息が止まったような気がした。
頭の後ろに手が触れてくる。 僕はトッズから視線をそらせない。
どうしてこんなに、苦しいくらいに胸が痛むんだろう。 大人になったら、いつか望みに本当に手が届いたら、わかるんだろうか。


そんな自分の考えと、息づかいが聞こえてきそうな程に近い距離にもうどうしようもなくなって目を閉じかけたその瞬間、脳裏に唐突に浮かんできたものがあった。  
そうだ。 さっき、しゃがんで今と同じように僕を見てきた彼の奇妙な表情と言葉。 
軽く流されてしまったけれど確かに何かが変だった。 あれは一体どういう事だったんだろう。

一旦思い出したら最後、気になって仕方がなくなってきてしまって改めてもう一度尋ねてみる。 
するとトッズは見開いた目を何度か瞬いて、それからやけにゆっくりと姿勢を戻した。 次いで額を押さえると、何故だか深々と溜息をついている。

「……いや。 いやいや、レハト。 違うでしょ。そうじゃないでしょ。 こういう時はさ、自然な流れってやつに身を任せよう? ああもう……や、うん、わかった。 これはあれね、むしろ俺への宿題って訳ね。 まかせて。 年明けまでにはこのトッズさんが、責任もってお前さんに男女の機微ってもんをばっちり会得させてあげるから」

力強く請け負われたけど相変わらず何の話だかさっぱりわからない。 とにかくまずは質問に答えて欲しい、と重ねて言うと、彼はいかにもどうでもよさそうにひょいと肩をすくめる。

「あー、うん。あれな。 でもなあ、本当、なんでもないのよ。 なんてのかな、単なる職業病? ちょっとばかし俺が余計な気を回し過ぎちゃったってだけの事で……」

そこで言葉を切って顎に手をやると、トッズは何か思いついたような顔で僕を見る。

「や、でも全然そういうんじゃないみたいだし、聞いちゃっても別にいいのかな。 …ああ、いやね。 レハトってばさっき、可愛い侍従さんと寝室にしけ込…あー、二人っきりでしばらく籠もってたでしょ。 しかも出てきてからも何かずっとぼんやりしたりにやにやしたりしてるしさあ。 俺としちゃもう、あんなの見せられたら気になって仕方がなかった、という訳でして」 

……何でそれをトッズが知ってるんだろう。 あの時、部屋には確かに僕たちしかいなかった筈なのに。
言葉を失くした僕を見て、彼はちょっと慌てた様子でひらひらと手を振ってみせる。

「あ、っていっても立ち聞きなんてしてないから安心してね! 聞きたかったけど。 すっごく聞きたかったけども。 その辺は信用してくれて大丈夫だから。 ……で? 何してたの? 」

どこで、どうやって、と聞こうとするより先に尋ねられ、僕はつい口篭ってしまう。 別に秘密にするほどの話ではないけれど、よりにもよって話題にしていた当の本人に説明する羽目になるだなんて。 自分から質問した手前、答えない訳にもいかないし。
妙な気恥ずかしさと気まずさに、ただちょっと相談をしていただけで、とか口の中でもぐもぐ呟いていると、隣からああ、となんとも気の抜けた声がした。 思わずそちらを見上げると何故かトッズは脱力したような表情をしている。

「……なるほどね、そっちね。 そっか、そっちかあ。 あー…大人ってやだねえ、考えが汚れててさあ。 ああ、や、なんでもないから、本当に。 そっかそっか、うん、了解了解。 だよね、そりゃそうだ。 二人でする事っていったら恋愛相談に決まってるよね! 」

別に恋愛とは言ってないから、慌てて付け加えたのにトッズは急ににやつきだして全然聞いてない。

「うんうん、先輩に色々聞いとくのは無駄にはなんないもんねー。 ……にしてもなんかいいよね、そういうの。いかにも若人らしくって。 いや別に俺も普通に若人だけど、大いに心が洗われたっていうかさ」

……その彼の言葉にちょっとむっとしてしまう。 確かに僕は子供だけど、わざわざ言わなくたって良いと思うのに。
そんな僕の様子を見たトッズは可笑しそうに目を細めると、伸ばした手でなだめる様に頭を撫でてきた。

「もしかして何か誤解してるだろ。 別にからかった訳じゃなくてさ、本当に良かったなって。 仲良しの友達と話したりする日常がちゃんとレハトに戻ってきたのがさ。 これでも大分ほっとしてんのよ、いろんな意味で」


彼の指が髪をゆるゆると梳く。 穏やかな声が陽だまりに溶けていって、僕は改めて辺りを見回してみる。
息苦しさを感じないのは市や中庭の奥に行くか、サニャ達と話している時だけ。 冷えた石の壁に囲まれて、ろくに土の匂いもしないこんな場所に閉じ込められての毎日を、自分の日常なんて一度だって思った事はなかったけれど。
気づけば僕はあの日から村の夢を全く見ていない。

「…そっか。 俺がいるのがレハトの支えになるんだったら、こんな光栄な事はないなあ。 ……ね、でもさ」

相槌を打ちながら話を聞いてくれていたトッズは、一つ頷いた後、目を光らせて大きく身を乗り出してきた。 その様子になんとなく不穏なものを感じて後ずさりかけた僕の肩が両手でがっしりと掴まれる。

「晴れて一つ屋根の下に暮らせるようになったんだし、それだけじゃ勿体ないと思わない? 他の人に恋愛相談なんかしなくたって、レハトの知りたい事ならトッズさんがこうして直接手取り足取り丁寧に……ぐえっ!? 」 

じりじり距離を詰めてきていた彼が、突然うめき声と共に物凄い勢いで後ろへ遠ざかった。 いきなりの事にあっけにとられていた僕の目に、渋い顔をしたローニカがトッズの首根っこを掴んでぶら下げているのが映る。

「……まったく、どこで油を売っているかと思えば。 大変失礼いたしました、レハト様。 お休みの邪魔になりませんよう、これは今すぐに片付けますので」

「あー…なんでこういう時に限って……待っ、ちょっ、離せじじい、絞まる、首が絞まるって!! 」

……トッズと二人きりじゃなくなったのは、正直ちょっと残念ではあったのだけど。 目の前で繰り広げられているやり取りは随分と賑やかで、すぐにそれも気にならなくなる。

「痛っ、なあおい爺さん、ほんっともういい加減に……ってちょっとレハト、なんで微笑ましいもの見守るみたいな目してんの? 違うから、喧嘩するほど仲が良いとかそういうんじゃ全然ないから! 」
  
「ええレハト様、私どもはこの通り、とても上手くやっておりますよ。 彼にここでの仕事のやり方を今少し教えねばなりませんので、我々は失礼いたします。 どうか余り遅くならない内にお部屋にお戻り下さいね。 ……行くぞ」

「へえへえ、わかりましたですよ。 しょうがない、またね、レハト。 ……やだやだ、本当老いぼれは空気ってもんを読まねぇんだから……痛って! 」



──ああ、今日は何にもない一日だったなぁ。

口々に言い交しながら去っていく二人を見送っているうちに、僕の心にそんな思いが湧き上がってくる。
穏やかな時間があって、大切な人達がいて。 本当にただそれだけの、なんでもないような一日。 
母さんを亡くした時は、そして城に連れて来られた時には、もう一度こんな風に過ごせる日が来るなんて思いもしなかった。

僕は幾らか翳りだした、それでもまだまだ暖かな陽の光を一杯に含んだ空気を大きく胸に吸い込む。 それからせっかくの休日を最後まで堪能するべく、昼寝に取り掛かる事にした。




スポンサーサイト



コメント 0

新着記事一覧