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ローニカ愛情Aエンド後数年。 レハトは職業王以外、そのまま城で暮らしている。
一部ゲームからの引用があります。


その日が来て、それから後の事。  
とはいえトッズがメインの話のような気が凄くします。

ローニカ愛情エンドという結末を受け入れたトッズの行き着く先は失意や憎悪じゃないといいなあ、とか、そんな。




……私はこんな所で一体何をしているんだっけ。


不意に頭の片隅に浮かんだ思考に、まるで眠りから意識を引き戻されたような心持ちで改めて目の前のものを見つめた。 
今更の落胆と、痛みに似た鈍い喪失感。 こみ上げてくる感情が悲しみではない事に、じわりと苛立ちが募る。


こんなところで何をしているんだろう。
繰り返したその問いが、収まる場所を見つけられずに胸の中で丸めた紙屑の様に乾いた音を立てる。

既に片付けられて空になった寝台、そして空になった部屋だ。 穏やかな相槌と少し困った微笑みを引き出したくて、無理に時間を作っては訪れていた私のはしゃいだ声の代わりに、陽に照らされて淡くきらめく埃だけがただ室内を漂い、宙に舞っている。


ここにはもう、なにもない。

彼の体はこの世での務めを終え、土の下で眠りについている。 彼の心も、また。 
……けれど、そう、山へと導かれたあのひとの魂が安らかであって欲しい、そればかりが勿論私の願いである筈なのだけど、こうしているともう一つ、それとは違う気持ちが自分の中に潜んでいるのに気づかされる。 
山へも、どこにも行かないで欲しい。 心だけだって構わない、ずっと私の側にいて欲しい。 そんな勝手で、ひどく子供じみた望みが。
全ては私の中にあると、ちゃんと知っている筈なのに。


そう考えてしまうのはもしかしたら、別れが余りにもあっさりとしていた、そのせいなのかもしれない。

普段は厄介の種でしかない寵愛者という肩書きも、たまには役に立つ事もある。 床に臥せる日が徐々に増え、侍従の役目を果たすのが難しくなりつつあったローニカが解任されずに済んだのもおそらくはその一つ、おかげで終わりの時まで一緒に、という私のわがままはせめて叶えられると、そう思っていた。


いつになく用事が立て込んでやけに慌しかったその日。
久しぶりに調子が良さそうなのに安心して出掛けに交わした、他愛も無い幾つかの言葉。
それが、最後だった。

「……なんともまあ、満足そうな顔してるねえ。 自分の事で煩わすまいってとこがこの上もなく爺さんらしいけどさ。 ここまで徹底するなんざ侍従の鑑だわ、ほんと」

どこか遠い遠い所からする、呆れと感心が入り混じったような声を聞きながら触れた手は、まだ温もりを留めていた。
そもそもが私物らしい私物も余り持たなかった彼だから、形見と呼べる程の持ち物も特には無くて、私に残されたのはその穏やかな表情と温もりの記憶、それから……。

そう、全ては私の中にあると知っているのに。 
まるで根が生えたように私はこの場から、ローニカが最後の時を過ごした場所から動けない。 そのくせ腹の底から泣き叫んで嘆き悲しむ事もまた、一度だってできずにいるのだ。


例えば。 例えばいっそ後を追ってしまおうかとか、そんな風にでも思えていたら、もう少し気持ちの置き所もあったのかもしれない。
けれどそれをローニカが喜ぶ訳が無いのは明らかで。 だからこそ私は正しく迷いなく生きなくてはならなかった。 

彼は限られた時間の、できる全てを捧げてくれた。 
形がどうであっても二人で一緒に歩める事が何よりも嬉しくて幸せで、でもそのかけがえのない日々は同時に、終点に向かいただ粛々と進む逃れようも無い道程でもあった。
否応なしに覚悟を迫られて、私は前より強くなった、筈だ。 だからそう、いつまでも子供じみた真似をしていてはいけない。ちゃんと前を向いて受け止めて、周囲を心配させてしまわないように、もっと……。

「レハト様」

その時背後から出し抜けに呼び掛けられて、思わず飛び上がりそうになった。 本当ならこの時間、私は無人の侍従部屋などではなくて、別の場所にいなくてはならない事になっている。

「お疲れではございませんか。 少し休まれては」

けれど続く声にすぐに誰だか気付き、私は知らず詰めていた息をそろりと吐く。

トッズ。 
振り向かないままで応えるとわずかに空気が揺れ、後ろの彼が小さく笑ったのがわかった。



意外にも、といっては何だけど、ローニカが自分の後任として選んだのはトッズだった。 裏の護衛だけではなく侍従頭の立場も引き継ぐ事になった彼はひと時表の世界から姿を消し、そうして戻ってきた時には名前も姿も違う、全くの別人になっていた。 とはいえ私にとっては今も彼はトッズで、二人の時はどうしてもそう呼んでしまう。

「さあ。 直に掃除係も来るでしょうから。 お茶にいたしましょう。 厨房に焼菓子を取りに行かせましたので、今ならちょうど焼き立てを召し上がれますよ」

促され部屋を出ようとして、自分の体がすっかり強張っていたのにようやく気が付き、驚く。 ほんの短い時間のつもりだったのに、随分と長い間立ち尽くしていたらしかった。 
こんな事ではいけない、しっかりしなくては。 ……この部屋にも明日には、新しい侍従が入る手筈になっているのだから。 


トッズに先に立ってもらい、少し遅れて廊下を歩く。 そうしながら改めて後ろから見た彼は歩き方も物腰も既に完璧な侍従のそれで、かつて市にいた騒々しいくらいにお喋りな商人と同じ人間だと仮に私が言ったとしても、きっと誰も信じないに違いない。
ローニカと、私と、トッズ。 
思えばそれぞれに知り合ってまだ何年でもない私達は、その短い時間の間になんて大きく変わっていったのだろう。 全てを定めたあの日の選択を後悔した事は一度だってないけれど、私にそうさせた、未分化の頃の恐れを知らない真っ直ぐ過ぎるほどの想いさえも、ふと気付けば余りにもまばゆく遠く、今の自分の手など到底届かないものに思えてきてしまう。 

……取り留めなく考えているうちに妙に心細くなってきて、私は思わず足を速めてトッズに追いすがっていた。 隣に並んだ私を横目でちらりと見た彼は無言のまま唇の端に笑みを乗せ、そのいつも通りの表情にほっとして自然と肩の力が抜ける。 と同時に、お腹の底から滲むようにこみ上げて来た気持ちはどうしようもなく苦かった。
──ああ、まただ。 またこうして私は、そんな資格もないのにトッズに頼ってしまっている。




▽△▽△




「……ま、そんな調子で最初はちょっとごねてたんだけどさ、きちんと納得させたから。 これ以上問題は起きないと思うけど、折り見てあっちにも何か贈っとくべきだろうね。 手配しとくよ」

私が自室を空けていた間の話をしながら、トッズは無駄の無い優雅な動きでお茶の準備を進めていく。 そのいかにも有能な侍従らしい所作と、他に人がいない時にだけ戻る、昔のままの口調との取り合わせが今更ながらになんだかちょっとおかしい。

「あれ。 え、もしかして俺笑われてる? 笑われてるよね? …もう、ひっどいなあ、レハトは。 俺だから別にいいけど、他の侍従の子が働いてるとこ見て笑ったりしたらダメだからね? そういうので辞められでもしたら、レハト自身の評判にだって関わってきちゃうんだから」
 
大げさに渋い顔を作られて、私はこらえきれず吹き出してしまう。 こんな些細な事で笑うのも、考えてみれば久しぶりだ。
こういう所が、ローニカとトッズは似ていると思う。 二人ともその時の私に一番必要なものが私よりも良くわかっていて、方法こそ違えどいつもさりげなくそれを満たそうとしてくれる。
そう、だからどちらも絶対に認めないだろうけれど、きっと最後まで双方にとっての最大の理解者は私なんかではなくお互いだった。 二人の間に確かに存在する、そのどこか絆めいた共感が私には時にとても羨ましく、時には身勝手にも救いのように思われて、
……けれどそれもこれも全部、今日限りにしなくては。


トッズ。 小さく息を吸ってから、お茶のポットに目を戻した彼に呼びかける。 視線を合わせて切り出せない私は、なんてずるい大人になったのだろう。 

「うん? ちょい待ち、ちょうど今が大事なとこで……」

もう我慢しなくていいから。

言いかけた彼を遮り、続けた。 冷静さを装うつもりが思っていたより早口になってしまったけれど、ここで止めればおそらく自分はまた先延ばしにしようとするとわかっていた。 そんな訳にはいかない、本当ならもっと早くにこうしていないといけなかったのだ。


トッズはもう、無理して私の側にいなくてもいい。 選択権が与えられていなかったこれまではそうするより他なかった、でも今は違う。 城を離れるのは難しいとしても、私からヴァイルに掛け合えば異動だって叶う筈。
だから。

「………」

返って来たのは沈黙だった。
話を終えてもトッズは口を閉ざしたまま、室内にはただ茶器の触れ合うかすかな音だけが響く。 
勝手だと怒っているのだろうか。 今更だと呆れているのだろうか。 何と思われても仕方がないとはいえ、その静寂は流石に気詰まりで、意味もなくスカートを撫で付けながらどうしたものかと内心焦っていると、不意に眼前に何かが差し出された。
思わずびくりとしつつ見上げると、お茶のカップを手にしたトッズの至って平静な表情が私を見返してくる。 

「お待たせいたしました、レハト様」

……そういえば、今はお茶の時間なのだった。 それどころじゃない、というのが正直な気持ちだけど、目線で促してくるその様子では、どうやら彼の方は私がお茶を飲むまでは何も話すつもりはなさそうだった。 
一口、含む。 鼻の奥にくる独特の刺激と香りには覚えがあって、久しぶりという程でもないのに少し懐かしい。 頭と口がすっきりするお茶だ、呟くとトッズが頷いて焼菓子の皿を卓に置く。

「爺さんが淹れるのより気持ち濃くしてあるけどな。 お前さんにはちょうどそういうのが必要そうだったから。 こっちは俺のお勧め、合うと思うから試してみて。 ……。 …で。 さっきのの、返事だけど」

改まった声に心臓が跳ねた。 動揺する理由なんてない、これは私自身の望みでもあるのだから。 カップの中身を覗き込む振りをしながらそう自分に言い聞かせていると、再び彼が口を開く。

「もしレハトが俺にはもう我慢ならない、今すぐ失せて二度と自分に近づくな、って言うんだったらさ、仰せの通り大人しく消えるけど。 そうじゃないならこれでもこの仕事は気に入ってるし、俺なりにやりたい事もあるし、このまま置いといてくれると嬉しいかな」


一瞬、何を言われているのかわからなかった。 聞こえてきたのは予想だにしていなかった言葉で、そんな、だってもう、トッズは私に縛られなくたって、もう、いいのに。

「ああ、うん、まあね、うん。 …お前さんは真面目だからさ、いずれ必ずそう言ってくれるんだろうって思ってたよ」

普段通りの顔で大した事ではないように言ってのけるトッズを信じられない思いで見る。
リリアノ様は既に亡い。 ローニカも、彼も、もういない。 不誠実な真似をした私にこれ以上我慢しながら仕える必要なんてどこにもない。 それなのに。

「や、そりゃ確かにね、俺だって実際そんなにすぐに吹っ切れたって訳でもなかったんだけどね。  でもまあ、それもこれも済んだ話っていうか。 ……もっといろんなとこがちょこっとずつ掛け違ってれば、多分レハトが言うみたいな感じになってたりもしたんだろうけどさ」

逆にそうなってた方が案外お互い楽だったかもね、付け加えて小さく笑うトッズの表情が意味するところがいつもにも増して読み取れなくて、私は唇を噛む。 どうにも困惑していた。 


ずっと考えていた。
いつかその日がきたら。 終わりが来てしまったら。
そうなった後の事は想像したくもなかった。 けれどその時の自分に出来る事が一つある筈だった。

貴族からの求婚といった幾つかの面倒事を除けば、成人後の日々はごく穏やかに過ぎた。 あの子供時代最後の、激動の一年は一体なんだったんだろうかと首を傾げたくなる程に。
平穏。 大切な人との大切な時間。 私の人生は正に満ち足りていた。 ──そして何かを誤魔化し、曖昧にしている、という感覚もまた、常に意識の底にわだかまっていた。 
本人は不満の色を見せず、私が口を出す事ではきっとなくて、それでも私が安穏と暮らすためにトッズが裏の護衛として危険に身を晒し続ける、そんなのが正しいとはどうしても思えなくて。
“貴方様が応える必要はないのです” とはいつかのローニカの言葉、でも私はそこから大きく踏み出す選択をしたのだ。 そういうものだからで片付けてしまう、それでは余りにも──


「あ、なーんか釈然としないって顔してる。 これでも俺、正直に話してるつもりなんだけどな。 ……でもそうだなあ、確かにこれは折角の機会ではあるか。 ならお言葉に甘えて一つ、言わせて貰っちゃおうかなあ」

顎を撫でて思案する素振りを見せていたトッズは、言うなり卓に手をついてこちらにぐっと身を乗り出してきた。 その突然の動きと近さにちょっとうろたえる私を見下ろす彼は、そのままの姿勢で言葉を継ぐ。

「……じいさんは、さ。 救われたよ」


それは静かな、とても静かな声だった。

「本当にさ、どうしようもない性悪じじいだったよね。 救われる権利なんぞある訳なかったし、何よりそんな事は本人が一番良くわかってた筈さ。 望もうとすら思ってなかったろうに、なのにあんたにきれいに救われちまった。 あの前の王様にも、天におわす神様にだって絶対できっこなかった芸当さ。 …ね、だからさ、レハト」

……トッズの目はこんなにも穏やかな色をしていただろうか。 風の無い日の湖面にも似た、凪いだ瞳で語る彼は半ば呆然としたままで聞く私の背中をまるでそっと押すように、最後の言葉を口にする。

「レハトはもう、自分の為に悲しんでもいいんだよ」


何かが私の頬を伝い落ちていた。 奇妙なその感覚と、急にぼやけた視界をいぶかしんでいると、トッズが無言のまま手巾を手に握らせてきて──…そこでようやく、私は自分が泣いているのだと悟る。 意識した途端涙は一層溢れて、どうやっても止められなかった。


どうして。
泣きじゃくりながらようやく絞り出した声はかすれてぐちゃぐちゃで、それでもトッズには何故か伝わったようだった。 顔に押し当てた手巾の向こうで、くすくすと苦笑気味の笑い声が上がる。

「どうして、かあ。 ……レハトってば本当に、そういうとこは変わらずお子様なんだもんなあ。 言葉にせずとも通じ合う大人の関係ってのも、なかなかに乙なもんだと俺は思うんだけど。 ま、しょうがないか。 折角の機会なんて言ったのはそもそも俺の方だしな。 ここは潔く白状するとしましょうか」

俯いてしゃくり上げる私の頭の上に手がぽんと置かれ、そのまま子供の頃していたみたいに無造作に撫でてくる。 
──ああ、私にはあの時、この手を取るという可能性が確かにあったのだ。
全てはもう、余りに遠い昔の事になってしまった。


それからどれくらいの時間が経っただろう。 胸の奥底に沈めようとしていた思いや伝えたかった言葉、私の中のそういったものが全部涙になって流れていく。 その間トッズは何も言おうとはせず、ただそこに、私の傍に、ずっと静かに佇んでいた。 
やがて吐き出すものも徐々に尽き、新しい手巾で腫れぼったい目を押さえながら淹れ直されたお茶に手を伸ばす余裕が出てきた頃、ようやく彼は再び口を開く。

「レハト、俺はね。 じいさんとは違う、そう思ってたんだ。 や、実際全然まったく違うけどさ。 あんな風にはなれないしならない、なりたくもない、ってね。 だからただ黙って仕えてるなんてごめんだって、まあ、その筈、だったんだよな」

そこで躊躇う様に一瞬黙ったトッズはふっと息を吐いた後、続ける。

「でもねえ、俺気付いちゃったんだよね。 そう、気付いちゃった。 んで気付いてない振りしてやり過ごす、ってのも残念ながら無理だった。 他の誰にも……じいさんにすら不可能な事が、俺には出来るんだって。 ……支えてやりたいなって、自分が考えてるんだって事に、さ」

……その言葉に、私は弾かれたように顔を上げた、筈だった。 一瞬早く伸びてきたトッズの手が、先程よりもしっかりと私の頭を押さえてくる。 髪が乱れる、そう抗議しても一人くつくつ笑ってどこ吹く風だ。

「勘弁してよ、今顔なんて見られたら照れるじゃない。 レハトだって泣いた後の顔俺に見られんのイヤでしょ。 だからここは一つ、おあいこだと思って、ね」

言いつつも手の力はすぐに緩み、そして聞こえてくる声はどこまでも穏やかだった。 あの凪いだような目を彼は今もしているのだろうかと、そんな事をふと思う。


着実に迫ってくる避けようのない期限や、その先に待ち受けているもの。 日々を過ごす中で、心が乱れてそれらに上手く立ち向かえないように感じる時、私の側には必ずトッズがいて。
“もちろんこれはレハトが弱ってるとこに付け込もうっていう俺の作戦だから。 ちゃんとそのつもりでいてよね”
決まってそんな風に言う一方で、けれどトッズは実際にはそうした素振りを見せようとはしなかった。 影の様に私に寄り添うローニカの、更にその影の様に気づけばいつもそこにいてくれる彼の存在を、内心でどれだけ心強く思っていただろう。
トッズに頼るのは裏切りだ。 私は彼を選ばなかった、それなのに。


「………」

私達のどちらもそれ以上あえて何か言おうとはせず、部屋には決して気詰まりなものではない沈黙が満ちていた。 大きく開いた窓からかすかな風がふわりと舞い込んで、二人、なんとなくそちらに顔を向ける。 露台を包む午後の日差しが柔らかだった。

その風景を眺めるともなしに眺めるうちに、どうして、とさっきと全く同じ言葉を口にしていたのは別に深い考えがあっての事ではなく、どちらかといえば思い付きとか衝動とか、それぐらいの気持ちからだった。 特に返事を期待していた訳でもなかったのだけど、トッズの方は私の問いかけに対する答えを持っているようで、窓辺にやったままの目を眩しそうに少し細めて、そうね、と呟く。

「……俺はさ、知らなかったんだ。 これでもそれなりに色んなものを見てきたつもりだったんだけど」

ゆっくり、一言ずつを押し出すようにして彼は続ける。

「だってそんな奴なんて今までいやしなかったからさ。 どいつもこいつも同じ、何の疑問も持って無かったよ。 知らなかったんだ、じいさんが……俺達が、あんな風に、あんな顔をして死んでいけるんだなんてさ」

だからなのかなあ、と彼らしくもないぼんやりした調子で話を結ぶと、トッズは首を巡らせ、まるで初めて見るかのような目で私を見つめてきた。 かと思うといきなり手を伸ばして私の肩を掬い取ると身を屈め、そのままぐっと引き寄せ胸に抱き締めてくる。
……流石に驚きはしたものの、私も抱き寄せられるままでいた。 彼がこんな事をするのもこれが最後になるのだと、言葉にせずとも何となく伝わってきたからだった。

「……癪だけどさ。 今ならあんたの気持ちも、ちょっとはわかる気がするよ」

暫くして宙に向け吐かれたのはひどくぶっきらぼうな、それでも間違いなく手向けの言葉。


──ああ、そうか。 私はもう、既にその日の後を生きているんだな。

ゆるゆると離れていく体温を少しだけ悲しく感じながら、私はただ、祈りのようにそれだけを思っていた。


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