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トッズ愛情Aエンド直後。 城を出た夜のこと。





少しの間背後からしていた僕を呼ぶ神官のうろたえた声も今はもう聞こえない。 
走り出した僕の前には初めて見る神殿の中の景色が広がっている。 大丈夫、あれだけ何度も繰り返して覚えたのだから、道順はちゃんと頭に入っている。 つい振り返りたくなる気持ちをこらえ、じわりと湧き上がってくる不安を振り払うように胸の中で呟いて足を速める。  もう一度無事にトッズに会えるかどうか、全てがこれに懸かっている。 
雰囲気が全然違うとはいってもここも城の一部、きっと本当はそれ程広い訳でも無いのだろうけれど目指す場所までの道がやたら長くて遠い気がして仕方が無い。 
壁についた傷、聖書の一場面を表しているらしいタペストリーの中のある模様、いくつも並んだ内の他とは少しだけ違う扉の意匠。 教えられた目印を横目で見ながら右に左にとひたすら走り抜け、ようやく最後、辿り着けた事に少しだけほっとしながら角を曲がればそこには…

………!?

思い描いていたのとはまるで違う、信じられない光景が目に飛び込んできて僕はその場に立ち尽くしてしまう。 
何が起きたのかわからなかった。 天から静かに降る光。 それを受けてきらめく水盤と奥の祭壇。 
ここには露台がなくてはいけない筈なのに。 代わりにあるのは見覚えのある、先ほど後にしてきたばかりの場所と人の姿。

「おやレハト様、こんな所でどうされました?」 

こちらに背を向けていたローニカが振り返り、微笑みながら近づいてくる。 
どうして。 そんな筈は。 
全身が冷水を浴びたように一瞬で冷たくなる。 急に早くなった鼓動に重なる様に後ろからは大勢の足音。 立ちすくんだ僕の肩を誰かの手がぐっと掴む。 
トッズ。 なんとか逃げないと、焦るばかりの心に笑う顔が浮かぶ。 


「レハト起きて…っと、え、どした?」

肩の上の手を強く払いのけるとローニカが慌てた様に後ずさった。 その隙にもう一度走り出そうとして、僕はようやく何かがおかしい事に気付く。 

いつの間にか辺りがまるで夜みたいに暗くなっている。 ローニカだとばかり思っていた目の前の人もそういえば体型や雰囲気が全然違う。 …それに、なんで僕は横になっているんだろう。 涼しい風が僕の周りに生えている草を揺らしながら吹き抜ける。 はるか上の方のぼんやりとした丸い光は天井に空けられた穴…じゃない、月だ。

「?何か見える?」

振り返るその人の、今まで影になっていた顔が月の光に照らし出されて僕は驚いて目を瞬く。 露台の下で待っている約束だったのに。 でもそもそもここはどう見ても神殿じゃない。 訳がわからないまま伸ばした手を大きな手が掴んで引っ張り起こしてくれた。 やっぱりトッズだ。 トッズが僕の傍らに膝をついて、僕の手を握ったまま微笑んでいる。

「大丈夫? なんかイヤな夢でも見た? 今日は本当、大変だったもんなあ」

まだ状況が良くわかっていない僕は返事もしないでまじまじと話しかけてくるトッズの顔を見てしまう。 その様子がよっぽど変だったのか、彼は心配そうな表情になるとそっと頬に触れてきた。 
温かい。 トッズ、呼ぶ僕の声にそうだよ、と確かに答えが返ってくる。   

「ごめんな、疲れてるのに起こして。寝かしてあげたいんだけど、でもその前に何か食べないと…うわっ」 

突然飛びついた僕をよろけて尻餅をつきながらもしっかりとトッズは抱きとめてくれる。 いてて、小さく呻く声に心配になって覗き込むと頭を抱え込まれ、端に笑みを浮かべた唇が額に軽く押し当てられた。 印をかすめるその感触に体の中に一瞬ぞくりと震えのようなものが走り抜ける。

「もうレハトったらいきなり情熱的過ぎ。 いや、こういう不意打ちならもちろん大歓迎だけどねー」
 
いつも通りのふざけたような軽い口調も僕を包む力強い両腕も間違いなく現実のもの、本物のトッズだ。 
ああ、さっきのはただの夢だったのか。 
やっと理解してほっとした僕の髪をトッズの指が梳く。 引き寄せられるまま呼吸の度に緩やかに上下する胸に顔を乗せてじっとしていると、ようやく逃げ出してきたんだという実感が湧いてきた。 

……静かだった。 
僕達が黙ると聞こえるのはもう風と葉ずれと近くを流れる水の音だけ。 まるで他に誰もいなくなって世界に二人きりになったみたいな気がしてくる。
改めて辺りを見回す。 知っているものは何も無い。 昼間何度振り返っても背後にそびえ続けて、いつまでも追いかけてくる様だった城ももうどこにも無い。 フィアカントを無事に出てからはどちらもほとんど喋らずに、陽が月に完全に変わってもしばらくは立ち止まらずただただ歩き続けて、ここまで来た。

たぶん僕はずっと緊張していたのだと思う。 一日離さずにいたお互いの手の感触と、不安になるたびに見上げてたトッズの横顔以外は途中どんな所を通って来たのかも全然覚えていない。 
ここで休もうと言って立ち止まったトッズが荷物を開いて野宿の準備をし始めて、そのそばに座りこんでいるうちに気がゆるんで知らないうちに眠ってしまっていた。 手伝わなかった事を謝るとトッズは大きく首を振って、よいしょと僕ごと身を起こす。 

「何言ってるの。 レハトはすっごく頑張ったよ。 一日でこんな所まで来られると思ってなかったから俺ちょっとびっくりしたもんね。 人目につきたくないから火も起こせないし今日は保存食みたいなのしか無いんだけど、ささ、席を設けておりますのでこちらへどうぞレハト様」

立ち上がろうとすると足が完全に強張っていてまるで棒みたいだ。 俺も同じ、流石に疲れの目立つ表情をしつつもそう言って笑うトッズに支えてもらいながら座り直して、鞄から取り出された食べ物を二人で食べる。 
皮袋に一日入っていた水は生ぬるいし、パンは日持ちが効く様に焼き締めてあって硬い。 それを味気なく感じてしまう自分が一年の間にどれだけ贅沢に慣れてしまっていたかに気付いて、少しびっくりする。 
……それでも。

「…あれどしたの、なんか嬉しそうな顔。 口に合わなくない? そう?なら良かった。 レハト城の食事に慣れてただろうからこんなんじゃ辛いかもしれないと思ってちょっと心配だったんだよね」

そんなことは無い。 こうして一緒に食べていられるだけでなんだっておいしいし楽しい。 僕の答えを聞いてトッズは顔をほころばせる。

「あー俺も。 こんなに楽しい食事は初めてかも。 …って言うか、食事が楽しいなんて思ったのもそういや初めてかもな。 あはは」

笑い声を上げるトッズはなんだかいつも以上に口数も、笑顔も多い。 始めは向かい合っていたのにすぐに横にくっついてきたかと思うと今度は僕を膝に座らせて、しまいには僕が持っているパンをかじったりしている。 
月明かりに照らされた顔は城にいた時より表情が柔らかくて時々僕より年下の様にすら見えて、どこか知らない人みたいな、不思議な感じがする。
抱きしめてくる腕の中から見上げた月はまだほぼ先月のままの色で輝いている。 
昨日はまだ城の中にいた事やサニャやローニカの事、あんまり考えたくは無いけど追っ手の事、黒い月を眺めているうちにとりとめもなくいろんな事が浮かんできた僕の頭にトッズが顎を乗せて満足そうに一つ息をつく。

「まあ、そうはいっても保存食ばっかりじゃ流石に参っちゃうもんね。 特にレハトはこれから籠もりが控えてるんだし。 明日はもっと城から離れて火も使えるだろうからちゃんとした食べ物用意するからね」 


その言葉で今までずっと心のどこかにあったもやもやした気持ちが何なのかわかった。 
成人礼。 儀式を受けずに神殿から逃げてきてしまった。
もちろん僕の心はもう決まっているけれどそれだけでちゃんと分化できるのか、あの時は外に出るだけで精一杯だったのが考える余裕が出てくるとどうしても不安な気持ちになる。

まだ村にいた頃、同じくらいの年の子達が集まると自然と成人後や籠もりの話題になって、その中で噂話も沢山聞いた。 不信心で神殿に行こうとしなかったばかりに分化できずに死んでしまった子の話や、神を試そうとして本心とは逆の性別を告げた為に罰が当たって男にも女にもなれないまま一生を過ごした人の話。    
しかも僕は王様の、神に一番近い人たちの場所から逃げ出してきた訳で、そんな状態で無事に大人になれるんだろうか。 急に黙った僕をトッズが気遣わしげに後ろから覗き込んでくる。
 
「どした? え……あー。 成人の宣誓ね、そっか。 ……。 じゃあさ、今やっちゃう?」

意味がわからずに見返す僕ににっと笑うとトッズは側を流れる川の方を指差す。

「儀式に必要な水でしたらこの通り、既にあちらに用意して御座います。 明るくなってから飲めるかどうか調べようと思ってたんだけど丁度良かった。 あれって水につかってやるんでしょ? 流石に神官までは用意できないけどこういうのは気持ちが一番重要だからね。 ちゃんと儀式自体はしましたよって思ってれば大丈夫、何にも心配する事ないって」
  
……そういうものだろうか。

「っていうか成人の儀式とかそういうの、俺別にやんなかったし。 どっち選ぶか責任者ってのかな、そういう人に言ってそれで終わり。 本当に辛くなるまでいつも通りに動き回ってたしね」

それでも見ての通りこうして立派に大人な訳ですし、そう言ってトッズは自分の胸を叩いてみせ、それからふっと真面目な表情をする。

「でも確かにレハトにとっては大事な事だもんな。 ごめんね、そこまで気回ってなくて。 だから今、ここできちんとやっとこう。 …それに神様がどうの、って話なら全然大丈夫。 お前の事が好きでしょうがないからそんな印とかつけてくれちゃったわけでしょ、神様ってばさ。 イヤって程いる俺達人間を一人一人見守って下さろうってくらいに慈愛に満ち満ちた御方がさ、やむにやまれぬ事情で誓えなかったってだけの理由で大のお気に入りにいちいち罰なんか与えると思う? 物事のわかった奴ならここ逆に平気だから、って気使ってくれる場面だよね。 ……まあもちろんどんなに神様がお前の事好きでも俺の方がもっと好きだし、絶対渡さないけどね?」 

神殿の人達が聞いたら湯気を立てて怒りそうなそんな言葉を聞いているうちに何故か不思議と気が楽になっていた。 
単に成人礼を受けずに大人になる人がいると知ったからとかそういう事じゃなく、改めてどうして自分が今ここにいるか思い出したからだ。 
この人と、トッズと一緒にいるために全てを捨ててこの道を選んだ。 行く先がわからない、今までの僕には想像のつかない道でもトッズと二人でならきっと迷いなく歩いていける。   
  

踏み入った水は冷たく澄んでいて疲れきった足に心地良かったけれど、夜風も吹く中で肌着一枚でいるのは流石に少し寒い。 思ったより深く、膝の上辺りまで来る川の中へ両手を握って支えてもらいながら進んで、そこで僕の足は止まる。  …この先はどうするんだろう。 見上げたトッズは僕と同じく首をひねっている。

「うーん。 自分が縁がなかったもんだから詳細までは知らないんだよねえ。  …このまま誓えばいいんだと思うけど」

あやふやな言葉に笑いがこみ上げてくる。 もう、さっきまでの様な不安は感じない。 
黒いままの、でも新しい年の新しい月が僕達二人を静かに見下ろしている。

「ええと、それじゃレハト、どっちを選ぶか聞かせて?」

逆に何故か緊張気味のトッズの顔に思わず吹きだしてしまい、その僕の姿にトッズも苦笑混じりに頬を緩めている。

「ああ、無いわ。 今のは確かに無いね。 …じゃあ、改めて。 …レハト、お前の選択を俺に聞かせて」

彼の大きな手を力を込めて握り直し、こちらを真っ直ぐに見る目を見つめ返す。 
眠る神に聞こえない様に顔を近づけて僕は誓う。 あなたの為だけに、女を選ぶと。

一瞬動きを止め、ややあってから不意にトッズは僕を強く引き寄せた。 トッズまで濡れちゃうよ、そう言っても構わずにきつく、痛いくらいに抱きすくめられる。

「…うん。 いや、なんか改めて実感湧いてきて。 ……。 レハト。 何があっても、俺が守るからね」    

それきり黙りこんだトッズの声がほんの少しだけ、震えていたのがわかった。
今はまだ背も足りなくて腰の辺りにしがみつくのがせいぜいの、子供の時と何も変わらない僕だけど。 きっとすぐに成長して、トッズと釣り合う女性になって。
…そして、僕を守ってくれるトッズを、僕が守ろう。

自然とそんな思いが浮かんでくる。 大人になった私は新たな誓いを胸に、愛しい人をそっと腕の中に包み込む様に抱き返した。
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