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・不幸な結末
・ゲーム本編にいないオリジナルなキャラクターの出番あり

こんな感じの話です。どうしようもなく暗いです。 





「あ」 

訓練用の剣を振る僕の手に大粒のしずくが落ちる。 それとほぼ同時に横で指導する衛士も声を上げると空を指差した。 

「ああ、こりゃ通り雨じゃ無さそうだ。 ご覧下さい、あの黒い雲」 

彼の言う通り、湧き上がった黒雲が見る見るうちに一面を覆い尽くしていく。 ぱらぱらとまばらな間隔で降り出した雨は徐々に勢いを増し、回廊に避難する僕の横で衛士達が一斉に片付けを始め辺りはにわかに慌しくなる。 

「これでは訓練は無理ですね。 風邪を引いてしまう前にお部屋にお戻り下さい」

促されて訓練場を後にする。 …中途半端に時間が空いてしまった。
借り出した本はもう読んでしまったし、今日は特にやりたい事があるわけでもない。 …一つを除いては。 
隣の衛士の注意がそれた隙に僕は素早く身を翻して目的の場所へ駆け出す。 後ろで驚いた様な声が呼んでいるけど気にしていられない。
 
あの部屋へ行こうとするとみんな決まって渋い顔をする。 「お邪魔をしてはいけない」「御迷惑になる」いつも言う事は同じだ。 邪魔なんてしないし、何より当の部屋の主本人からは勉強の為ならいつ来ても良いと許しが出ているのに。


とはいってもここに来ると僕自身気後れして入るのをためらってしまう。 
大きな扉や「玉座の間」という重々しい響きのせいだけではなく、城の中でこの場所には明らかに他とは違う威圧感がある。 
まるで中にいる人物のまとう気が扉を越えて発散されているようだ。 そんな風に話しているのを前にも聞いたから、そう感じるのは僕だけではないらしい。
……でもここでぐずぐずしているときっと誰かが来て、上手く言いくるめられて自分の部屋に連れて行かれてしまう。 意を決し小さく息を吸うと僕は扉に手をかけ、中に滑り込む。



「ああ、来たか」

思った通り、その姿はまだ中にあった。 一段高くしつらえられた壇上から声を掛けられ、気付けば僕は頭を深く垂れていた。 大きくはない、どちらかと言えば穏やかな声音なのに従わずにはいられない威厳に満ち溢れている。

「今日は剣術の稽古の予定ではなかったか」

尋ねられ雨が降ってきたので、と答えながら目の隅でそっと窺うと玉座の主は眉をひそめ天を振り仰ぐ所だった。 静まり返った室内の遠くで僅かに雨音がする。

「こんな部屋にいると外の変化にも疎くなるな。 幸い今は時間が空いている。 話でもするか?」

そう尋ねられて勢い込んで頷く僕の姿に王はふっと唇の端を上げて小さく笑う。 
脇の小部屋へと歩み出そうとした王の動きが途中で止まる。 少し考える様に顔を俯けていたかと思うともう一度こちらへ向き直り、そしてまっすぐに僕を見つめてきた。

「雨ならば止むを得ないが。 剣術には励め。 彼ら衛士はその為にこそいるが、いざという時自分自身を守る術だけはきちんと身につけておけ。 よいな」

今までにも何度となく聞かされてきた言葉だった。 けれどその眼差しと口調はひどく真剣なもので、僕はただ黙って大きく頷く。 
後について部屋を移動しながらちらりと振り返ると、身動ぎ一つせず立ち続ける何人もの衛士達ばかりが目に入る。 城の一部の様にどこにでもいる彼らを見ていると少し息苦しい気もしてくるけれど、皆の安全を思えばやっぱり必要な事なんだろう。



小部屋に入ると王が小さく息をついて肩の力を抜くのがわかった。 
振り返り、笑って僕を手招きするその姿は変わらず近づき難い凛としたものではあったけれど、今この時だけはこの人は王ではなく、僕の母様だ。 
近づくとぎゅっと抱きしめられ、溜息に近い声がまた大きくなったな、と呟く。

「それで何の話をしようか」 

父様の話を、答えると笑みが深くなり一瞬母様が王ではない別の誰かの様に見えた。 隣に座った僕の頭を撫で、遠い目でどこかを見つめている。 

「お前は本当に飽きないな。 いずれ話の方が尽きてしまいそうだ」 

その時は同じ話でも構わない。 顔も、名前すら知らない父様の話を聞くのが何よりの楽しみだった。 
いつも僕を気に掛けてくれているのに何故かそれが悲しげで、違う所に思いを馳せているみたいな母様が父様の話をする時は心からの笑顔を見せてくれるのも嬉しかった。


そうして僕はじっと黙って二人の物語に耳を傾ける。 今とは別人の様な母様と、僕が聞いた事も無い言葉使いで喋る、廊下でぶつかって知り合ったという楽しくて謎めいた父様の話を。 
どうして父様はここにいないのか、どうして母様は悲しそうなのか、僕の父様は貴族じゃないという噂は本当なのか…。
尋ねてみたい事は沢山あったけれど、それをしてしまえばこの穏やかな時間が壊れてしまいそうな気がしてどうしても言えなかった。




静かになった室内に雨音と、子供の寝息だけが満ちている。 膝に乗せた我が子の頭をそっと撫でながらレハトの口元に笑みが浮かぶ。 
髪の色は本当にそっくりだ。 手触りも同じ。 いずれ成人する時が来て男を選んだならこの子もあんな風に背が高くなるのかもしれない。
小さく身をよじり、むずかる様な声を上げた子供が再び深く眠るのを待って乱れた髪を直す。 
かき上げた前髪の間から覗いた額に浮かぶこちらはレハト自身と全く同じもの。 選定印。 

薄暗い部屋で淡く光るそれを暫し見つめていたレハトはいつの間にか自分が息を詰めていたのに気付き、ふっと吐き出して目を逸らす。

口にこそ出さないものの、我が子が切り取られた思い出話だけではなくはっきりとした事を知りたがっているのには気付いていた。 日々成長していく中で幼かったこの子も様々な知識を身につけ、その耳には思惑に彩られた色々な噂が否応なしに入ってくる。 

正確な事実を教えておくべきだと思いはしても、何を、どう、どこまで話せば良いのかレハトにはわからない。
自分自身の気持ちの整理すらまるでついてはいないし、この先もそんな日など決して来る筈も無いのだから。 




追っ手が王城からのものだけではないと、あの人ならきっと気付いていたのだろうけれど。 


印を手に入れる機会が再び巡ってきた事を察知した反ランテの陣営がそのまま手をこまねいている訳が無かったのだ。 

……逃げてくれればよかったのに。 

王城に捕まれば二人とも命は無い、けれど反ランテの勢力なら少なくともレハトが殺される事だけは無い。 例え一度は捕まろうとも生きてさえいれば。 
…生きてさえ、いてくれたなら。

もしかしたら既にこのお腹に宿る命があると知っていたかもしれない。 産みの繋がりがあの人の力を削いで思う様に動けずにいたかもしれない。 湧き上がる幾つもの問いに笑いながら答えてくれる、暖かな声はもう無い。

刃が胸を貫いた瞬間の光景が今も目に焼きついて離れない。 レハトを安心させようとしたのか、浮かべて見せたいつもと何も変わらないあの微笑みも。


共に生きる望みも、一緒に死ぬ願いも、全てを絶たれ連れて来られた部屋で呆然自失のまま過ごしていたレハトがようやくそれと気付いたのは目に見えてお腹が大きくなってからだった。 
守らなくてはならない。 片方の親を失った子は弱い。 その試練を越えても生まれてくる子も自分も、戦わなくてはならないものが山程ある。 
もう立ち止まっている暇も、悲嘆にくれている時間もなかった。




……感謝する、神よ。 

呟きと共にレハトの唇に浮かんだ笑みは余りにも昏い。

この子を授けて下さった事を。 我が子に選定印を授けて下さった事を。 
この子の存在だけが、自分を生に繋ぎ止めてくれた。 額に浮かぶ印が、この子だけの母でいつづける事を許してくれた。

雨足が強まったのか、窓を叩く音が先程より大きくなりレハトを物思いから覚めさせる。

この期に及んで神は一体何を嘆くというのだろう。 無為に流され続ける人の血にか、それをもたらした己の気まぐれをか。

まだ始まったばかりだ。 
自分を捕えて利用するつもりだった首謀者共は機を見てことごとく血祭りに上げてやった。 かつてはどこか揶揄混じりに使われていた“ 王”という言葉をふざけて口にする者は今はもう誰もいない。

向こう側はどう出てくる気だろう。 かつての友の屈託の無い笑顔が脳裏に浮かぶ。 
次代の寵愛者が敵方にいるのは既に伝わっている筈だ。 そして二人目という先例がある以上、容易く諦めはしないだろうし、反逆者と呼ぶ勢力を認める事も絶対にないだろう。


それならば徹底的に踏みにじるまで。 レハトに残されたのはもう、たった一つだけ。 それを守る為にならなんであろうと躊躇わず行える。 
内戦は長引き、多くのものが失われたがこちらにも歩み寄るつもりなど毛頭無かった。 この子を脅かす存在は誰であっても決して許してはおけない。 

「……。 …トッズ」

天を仰いだレハトの口が開きかけて引き結ばれ、溜息と共に心に思ったのとは違う名前が洩れる。
あの名前は。 
あれは、今のレハトとは違う人間が呼ぶのを許された名だ。 
手をつないでどこまでも二人で歩いていけると信じて疑わずにいた、そんな誰かの為だけの名前。


侮られない様にと始めた王としての立居振る舞いの真似も気付けばすっかり身に染み付いてしまった。 我が子ですら公の場では目に畏敬の念を浮かべて慌てて頭を下げる。 
鏡石からひたとこちらを見据えてくる厳しく鋭い眼差しの女が自分だとわからずに、一瞬まじまじと見返してしまったのも一度や二度ではない。


それでも、この道を進まなくては。 


小さく頭を振って眠る子供をかき抱く。 そのまま何も無い空にじっと目を凝らすレハトの耳に、降り止まない虚ろな雨の音だけがいつまでも響いていた。
 
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