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トッズ殺害Cエンド後数年たった話。 多分愛情ルートの方。

執着心の行き場を無くしたレハトの鬱々した一人語り。 





「………!」

不意に現れた手がこちらに伸びて来る。 咄嗟に振り払い声を上げようとした私の耳に、一拍遅れて気遣わしげに呼ばれる自分の名前が聞こえてきた。

「…レハト様、お目覚め下さい、レハト様…?」

成人後に私に付く様になって暫く経つ侍従の声だ。 そう、以前に余りひどくうなされているようなら起こして欲しいと頼んであった。 ようやく状況を理解して溜息を吐く。 
手を借りて身を起こしたそこは、眠る前と同じ静まり返った自分の部屋。

夢を見ていただけだ。 ただそれだけ。
何かお持ちしますか、尋ねてくる侍従を下がらせ汗で貼りついていた前髪を額から払う。

どんな夢だったのか、目覚めた後はいつも思い出せない。 ただやけに重く、吸う度喉に詰まるようだった空気の事ばかりが意識の隅に残っている。

それでも、きっと彼の夢だろう。 きっと。

再び横になる気にもなれず寝台の上で体を丸め、闇に目を凝らす。 夢だけではなく、いっそ胸にわだかまったままのこの気持ちも記憶も、彼にまつわる全てを忘れてしまえたら。
そう願う自分の心すら、ひどく疎ましい。

冷えた汗を拭おうともう一度上げた私の手首に絡む腕飾りの鎖がちりちりと小さく音を立てた。



廊下を歩くうちに後ろから聞こえてきた、耳に馴染んだ音に思わず体が強張る。 
こちらに向かって走ってくる、軽い足音。 
大人の、それも長身の男がどうしてあんなに重みを感じさせない音で石畳の上を移動できるのか、不思議でならない。 

…違う。 苦い笑みが口に上る。 そんな筈が無いのだ。 もう。 

振り返った私の眼に入ってくるのは、回廊を曲がって現れた若い文官の姿。 こちらに気付き、慌てて立ち止まって頭を下げるその姿のどこにも、心に浮かぶ人物と重ねる余地は無い。
その事に不意に苛立った自分の心を押し殺すように足を速め、その場から歩き去る。 



いつもの通り、図書室の一番奥に腰を下ろして本を開く。
市の日にはその喧騒から遠い図書室で過ごす事にしている。
 
市の全てに我慢がならない。 前はあんなに好きだったのに、といぶかしむ相手に子供の頃の話だと愛想笑いをして見せるのにも、かつて通い詰めた一角へ、いるはずの無い姿を求めて気付けば彷徨っている自分の目にも、その場所で当然のように店を開いている見知らぬ商人の姿も、全てが。



△▽△▽



不意に開いた目にその市の風景が飛び込んでくる。 はっと息を呑んだ私の体を憶えのある喧騒が包む。
低い目線、足の下の粗い敷物の感触。 そして見慣れた、天幕の下からの風景。
辺りを見回す私の指にはそう、勿論あの指輪がある。 市に来る時だけ堂々とはめる事が出来た、あの頃の私の宝物。


これは夢だ、私の一部が囁く。 早く目覚めないと。
これは夢だ、私の違う一部が囁く。 彼はきっと此処にいる。

横からした衣擦れの音に、傍らに座る人物がいたことにようやく気付く。 余りに近くにいて逆に見えていなかった。
 
目の端に映るこの服を知っている。 座る姿も、膝にのせた大きな手も。 
たちまち胸一杯に溢れ出す様々な感情に息が苦しくなる。 何でこんなに心がざわつくのだろう。 
もう終わった事だと知っているのに。 彼の全ては偽りだったとあの時思い知らされたのに。 
身じろいだ彼が口を開く気配に体が強張る。 何も聞きたくない。 声を聞きたいなんて思っていない。



△▽△▽



本が手から滑り落ちる音にはっとして目が覚めた。 いつの間にか居眠りをしていたらしい。 こっそり辺りを窺うが、幸い誰もこちらを見ていなかった。 
何故か早い自分の鼓動をいぶかしく思いながら再び本に目を落とす。

読書をする自分の指がいつの間にか手首の鎖をなぞっている。 その先にある小さな指輪に触れる度ぎくりとして慌てて放すのに、知らぬ間に手はいつもそこに戻っていく。 

……あまりにも貧相な指輪。 玩具の様で、おまけに今ではサイズも合わない。 

一度は自室の引き出しに仕舞って見たものの、余りの周囲とのそぐわなさに紛れ込んだものと判断され知らぬ間に捨てられるのではと怖くなった。 

視界に入るのも嫌な筈なのに、失うことはそれ以上に耐え難い。 
だから結局鎖につながれ中途半端にぶら下がったままで、これではまるで私自身の様だ。 
同じところをぐるぐると回るだけ、何処にも行けはしない。



自室で何通かの手紙をしたためているうち次第に眉間に皺が寄るのが自分でもわかる。 始めからわかっている事だというのに。 

書き綴る文字の中にすら、現れる気配。 

私の字、読み方綴り方を教わった相手の癖までも忠実に写し取った字。 
幾度か直そうとして、結局止めてしまった。 だから何度でも思い出す羽目になる。 嘘で作り上げられた一時。
やがて訪れる結末を知る由も無い子供の、幸せな記憶。



△▽△▽



店先に座り込んで前を流れていく人々や向かいの店を眺める。 あの頃の様に。
隣で商品を並べ替えながら彼は淀みなく喋り続ける。 何時もそうしていた様に。

けれどあの頃と違い、今の私は彼の顔を見ることが出来ない。 その目の中にある感情を改めて知るのが怖い。 
だからそうする代わりに両手で膝を抱えて、ただじっと前を見詰め続ける。 

本当にこうやって過ごした時間の全てが嘘だったのか、喉元に引っかかった問いに今なら答えてくれるだろうか。 
その答えを私は聞きたいのだろうか。 
同じ事をずっと、考えながら。



△▽△▽



「…レハト様、他には何か?」 

控えめに尋ねられ、我に返る。 普段なるべく側に近づけないようにしている侍従が、私の次の言葉を待って立ち尽くしていた。 

指示も忘れて私がぼんやり見ていたのは彼の褪せた様な明るい金色の髪。 
成人後幾人か増えた侍従の中で、彼だけを遠ざけるのに特に意味は無い。 
只、彼の髪の色に目を奪われる自分が許せないだけ、そして彼の背が高く細身なのが気に入らないだけだ。  

もう用は無い、努めて穏やかに告げる。 一礼して退出する彼の目には困惑と、仄かな期待の色。 
主の自分を見る目が尋常ではない事に気付いているのだろう。 

ああ、全く冗談じゃない。 立場に邪魔された忍ぶ恋などするつもりはない。
第一、貴方はまるで似ていない。 彼に。 トッズに。 


開いた手のひらに目をやる。 …何度見ても粗末な指輪。 捨ててしまえばいい、それで自由になれる、囁く心の声に反して手は再びきつくそれを握る。 

市に一時出入りしていた商人の事などもう誰の記憶にも無い。 
この胸に残るのも、嘘の名前、嘘の笑顔、嘘の愛の囁き。 

大人として日々を過ごすうち、あれほど鮮明だった顔かたちすら徐々に曖昧になっている。 この上指輪まで失くしてしまったら。 自分の考えに苦笑いがこみ上げてくる。 

思い出にしがみつきたいのか逃れたいのか、今はもう、それすら判らない。


こうするのが正しいのだとあの時思った。 当然の報いだと、これで全てに片を付けられると。 

……ならばどうして、あの時も今も私の心の中には彼だけしかいないのだろう?




△▽△▽


重い、重い空気をあえぐ様に胸いっぱいに吸う。 
顔を上げられずにいる私の横には懐かしくて忌まわしい、もういる筈の無い気配。 

「…それ、まだ持ってるんだ」

傍らの彼は、密やかに笑った様だった。


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